食堂を出て数秒で、俺は自分の迂闊さを痛感した。
せめてあいつ等2人が出て行っちまって暫くは大人しく酒をかっ食らってりゃ、
今視界に入るあんな光景を目にすることもなかったろう。
長ぇ廊下を突っ切って俺の部屋へ行く途中、右に曲がる廊下の隅であの2人を見つけちまった。
そこは確かに死角じゃあったが、
それでも目が向いちまったのはの声が聞こえたからとしか言いようがねぇ。
しかもあんな薄暗い片隅なんざ普段は気にする事もねぇだろうに、
俺はこの時しっかりと見ちまった。
今にも事をおっぱじめそうな勢いで重なるようにして抱き合うあいつ等の姿を。
ざけんじゃねぇ、こんなとこで発情しやがって。
いつもの俺なら例え濡れ場だろうと、
真っ直ぐそいつ等の方へ行ってそれをからかう位平気でやってのける自信があった。
進んでそいつ等を冷やかして、からかって、大声で笑い飛ばしてやることだってなんてこたねぇ。
けど今の俺のザマはどうだ、ただ馬鹿みてぇに突っ立って、
無理矢理いつも通りの行動を取ってやろうとしてみりゃ、喉が引きつりやがって声が出ねぇ。
その上足はその場に根でも生えたみてぇに動きゃしねぇときちまってる。
この程度の事で動揺するなんざ、笑っちまうぜ、実際。
結局俺はその光景から目を逸らし、とにかく廊下を突っ走ってその場を凌いだ。
胸にせり上がって来るのが何なのかなんざ考えたくもねぇ。
ただ酒をかっ食らって眠る。
それが今俺に出来る最善のことだと柄にもなく言いきかせ、俺は部屋に戻った。
その翌日の朝、俺はらしくもなく夜明け前に目を覚ましちまった。
酒を飲んだ翌朝にジジイ並みに早起きするなんざ、俺にとっちゃえらく珍しい事だ。
いつもはあの陸遜の野郎の嫌味と呂蒙のおっさんの説教が待っていたとしても、
俺はそんなこた気にもせずに昼を過ぎても眠り込んでいる。
・・・・・チッ・・・2日酔いもなしってか・・・。
ここまで酔えなかったってのも気色悪ぃぜ・・・・・・。
凌統の野郎との奴がデキたと分かってから結構な日が経っているはずだが、
ここまで俺の中でグダグダと考え込んだのは初めてだった。
今までもそれなりに悩んじゃいたが、結局は凌統の野郎なら良いかと言う気持ちが勝り、
俺はその先を考える事を止めていた。
ズパッと決めらんねぇ事をだらだらと考えるの程時間の無駄はねぇ。
それならとっとと行動するってのが俺のやり方だった。
だが、こればっかりはそりゃ無理だってもんだ。
「下らねぇ・・・・・・・・・・・・、ったく・・・朝っぱらから・・・。」
寝台から勢いよく飛び降りて、俺はそのまんま部屋を出た。
修練所で身体を動かしてりゃ、この腐った頭も少しはマシんなるだろう。
俺はそう踏んで真っ直ぐ修練所へ向かう事にした。
「甘寧、驚いた、あんたがこんなに早い時間に起きてうろついてるなんて。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ここまで来ると計った様な嫌がらせとしか思えねぇ。
よりによってこの状況でコイツと会うなんざ、俺にとってはこの上なく最悪だ。
見ればアイツは薄手の服装に上着を引っ掛けただけの姿。
昨日のと凌統を見れば、あのまま事に雪崩れ込んじまったことぐれぇ馬鹿でも分かる。
出発前に自分の荷物の確認でもしに部屋に戻るってとこだろうが、
わざわざコソコソとこの方面の廊下を通るってとこがまた気にくわねぇ。
「・・・甘寧?どうかした?」
「あ?何でもねぇ。」
「・・・・・・・・・・・そう。あんたの事だからどうせこれから修練所でしょう?通り道だから付き合うわ。」
「・・・・おぅ。」
と並んで歩き出した途端に例の鈴の音が俺の耳に響き出す。
俺の鈴と違って聞き耳たてなけりゃ聞こえねぇ程小せぇ音のくせしやがって、
それは何故かいつも自然に俺の耳に飛び込んできた。
日常生活時だけじゃなく、戦場ではそれが更に強くなる。
アイツの鈴の音が俺の鈴の音と重なるように聞こえて、
俺ん中で滾る闘争心が更にデカくなる。
のヤツ自身もそれを感じているはずだ。
共鳴するってのはこう言う事を言うんだろうと実感しちまう。
それは賊軍時代からずっと変わっちゃいなかった。
「甘寧、明日からお別れね・・・。」
隣を歩いているが不意にポツリと言った。
俺は足を止めて、あいつの顔を確かめるために目を向けた。
「あ?まぁな、・・・ってそう言うがそれ程大げさなもんでもねぇだろうがよ?」
「フフ・・・まぁ・・・それはそうなんだけど・・・・・・・・・。」
いつものようにあの赤い唇がえらく色気を含んで笑った。
「でもほら、ここから父の墓のある岬までは随分遠いから・・・。
凌統とも当分碁は打てなくなるわよ。」
「ケッ・・・そら有り難ぇこったぜ。」
「・・・・・・・・・・・心配?」
「ああ?気色悪ぃ事言ってんじゃねぇよ。せいせいすらぁ。」
「凌統の事じゃなくて私のことを言ったのよ、馬鹿ね。」
馬鹿はオメェだ。
今の俺にそう言う事を聞くんじゃねぇってんだ・・・。
片手に拳を握り、俺に笑顔を向けたままのアイツを見つめた。
再び並んで歩き出し、アイツの鈴の音が俺の耳に響く。
肩が触れちまいそうなその距離に、例の甘い香りが俺の鼻をくすぐった。
今、俺とコイツの歩く修練所へ向かう廊下には周りにゃ誰もいねぇ。
コイツを抱き寄せて唇を塞ぐことも出来る。
そうなりゃが泣こうが喚こうが俺はコイツを放しゃしねぇだろう。
1度俺から触れちまえば抑えはきかねぇ。
「・・・・・・・・・凌統の野郎と一緒なら、大抵のこたどうにかなんだろ。
オメェだってそこらの軟な野郎よりよっぽど強ぇんだ。心配なんかしてねぇよ!」
下衆野郎にゃなれねえ、例え限界ギリギリの線に近付こうと、
俺自身がを泣かす真似をするなんざそれこそ最低だぜ。
そしてこれはある意味で俺の意地だ。
例え俺の気持ちがズタボロになっちまったとしても、そんなのは最初から分かりきって選んだ道。
の心と身体を傷つけてまで奪い取っても意味がねぇ。
「修練所に着くわ、甘寧。」
の言葉に我に返って視線を上げると、確かに修練所はもう目と鼻の先だった。
「おぅ、オメェらは夜明けにゃ出航か?」
「そうよ、暫く会えないけど元気で。呂蒙殿や陸遜の手を煩わせない様にね?」
「ケッ、るせぇよ!!さっさと行っちまえってんだ。酒を忘れんじゃねぇぞ、わざわざ親父用に買っておいたんだからよ。」
「了解、じゃーね」
シャララン・・・シャラ・・・ン・・・
の足首の鈴が太腿に舞う刺青の蝶に合わせて鳴り響く。
気のせいか、いつもの音色と違う様に俺には思えた。
・・・・んな訳ねぇか・・・・・・・・・?
アイツの背をじっと見つめ、俺は軽く左右に首を振って修練所へ向かう事にした。
少なくとも、これから当分はあいつ等の一緒に居る姿を目にするこた無くなる訳だ。
少し頭を冷やしちまわねぇといけねぇと思ってたとこだし、それはそれで俺としちゃ有り難くはあった。
「うっしゃ、んじゃ、ま、いっちょ気合入れて喧嘩の腕に磨きかけっか!!」
単純と言われようと、ぶっ倒れるまで体を動かしゃ余計なことなんざ考えずに済む。
例え余計な事を考えたとしても、そんときゃあいつ等はとっくに海の上だ。
今はただ、修練に没頭しておくことにした。
(秘めたる・・・凌統夢,番外編,甘寧編-続く-)
後書き
続いてしまった・・・。前後編のつもりだったのですが・・・。
しかも最近蝶連載関係の更新ばっかしてる気がします。
1番愛着あって書きやすいからなんですけどね(苦笑)
甘寧の言動が微妙に前編と噛みあってなかったりするかもしれませんが、
目を瞑ってやって下さい・・・。
では、今回もここまでのお付き合い、誠に有り難うございました。
失礼致します。
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