「貴女の瞳はどんな宝石にも勝る輝きを放っている。
その瞳に映る事の出来る男は幸せだな。
もし許されるのなら、俺をその幸せな男にしてくれないか?」
蜀軍城内。
とある一室。
今日も今日とて目敏く美人な女官を見つけ、
現代風に言うならナンパに励んでいる孫市。
そしてその現場を目撃してるのは他でもない、一応あの孫市の恋人のわたし。
まぁ、多分普通の恋人同士なら、
ここで目くじらたてて男の方に怒鳴り込み位かける所なんだろうけど、
生憎、わたしはそうじゃなかった。
プレイヤーとしても彼の性質はもうよく知ってるつもりだから、
今更そんなことはしない。
寧ろ。
ブッ。
どうしよう、笑いたい。
ムチャクチャ笑いたいんだけど。
「っぷっ・・・っくっくっくっく。駄目、お腹いたいっ・・・!!」
笑いを抑えるのに必死なわたし。
アイツの口説き文句を聞くと、
本気で腹筋が割れるんじゃないかと思う程毎回大受けしてしまう。
今時あれはあり得ないだろう。
まぁ、ここはある意味で『今時』の通用する場所とも通用しない場所とも言えるんだけど。
でも孫市の場合現代系の台詞を口にする事が多いんだから、
もっと気の利いた口説き文句位編み出せばいいのに。
彼はわたしに笑いで腹筋を割るダイエットでもさせるつもりじゃないんだろうか。
声を殺してお腹を押さえながら、
わたしは取りあえず孫市と女官からは死角になる場所を選んで移動した。
「・・・・、あんたねぇ、いい加減自分の男が浮気しかけてんのを見て大笑いするのはよしな。
この辺でビシッと言ってやんないと、あの手の男はつけ上がるばっかりだよ?」
「わっ!祝融さん・・・!ビックリした、見てたの?」
「ええ、見ておりましたとも。まったく・・・相変わらずだらしのない方ですね、孫市殿は。」
「げ、月英まで!」
唐突に物陰から声を掛けられ、視線を向けると、そこに立っていたのは祝融に月英。
二人は心底呆れた表情で揃って深い溜め息を吐いた。
「孫市の奴もねぇ、戦場じゃいい男ぶり発揮するってのは分かってるが、ありゃどうしようもないね。」
「だからと言ってこれ以上野放しにする事など出来ません。
ここは孫市殿と恋仲である殿がはっきりと灸を据えるべきところ!
笑っている場合ではありませんよ。」
ジロリ。
月英の切れ長の瞳がわたしを睨みつける形で向けられる。
わたしは思わず苦笑した。
「孫市のあれは不治の病だと思うんだけど。
それにあの口説き文句、顔がいいから少しは救われてるけど、内容が凄すぎて笑えない?
わたし毎回ツッコミどころが多すぎて大受けしちゃうのよね。」
「貴女と言う人は!仮にも恋仲である殿方が他の女人にうつつを抜かしている等、
悔しくはないのですか!?」
ううーん。
と、咄嗟に唸って考えてしまうわたし。
確かに、月英の言う事は最もだ。
わたしと孫市は俗に言う『お付き合い』を初めてまだ日が浅い。
普通のカップルならまだまだお互いしか見えない甘い雰囲気たっぷりな時期の筈。
にも拘らず、孫市はほぼ毎日誰かしらナンパして、わたしはと言えば、
その光景にムカつくでもなく寧ろ笑い飛ばしてしまっている。
異常だ。
改めてこうやって考えてみると、普通のカップルとして間違ってる。
アイツとはつい最近まで友達だったから、それが抜け切れてないのかもしれない。
そう言えば、恋人同士らしい事をしたのも数える位しかないような気がする。
しかも初めてお互いの気持ちを確認した時の1回を入れても、
片手で事足りるんじゃないだろうか。
相手があの孫市であるにも関わらず、これはやっぱりおかしい。
「基本的な事を聞く様だけれど、あなた、彼の事が本当に好きなの?」
「!星彩!?」
「立花には理解しかねる。あの男にお前は勿体ないと思っている位だ。」
「ァ千代・・・。」
何なんだ、この状況は。
いつの間にかわたしの周辺には4人の女武将が集まっていた。
これじゃあ無双式奥様井戸端会議だ。
「それで?結局のところどうなんだい?あんたは孫市に本気で惚れてんのかい?」
「そうですね、そこはきちんと聞いておくべきです。
よもや・・・とは思いますが、雰囲気に流された、と言うだけではありませんね?」
「貴様らの話を聞いた時、酒を飲んでいたと言っていたな。
酒と雰囲気に呑まれたと言う情けない理由ならば、即刻あの男は止めておけ。」
彼女らに詰め寄られる様に口々にそう言われ、わたしは壁際に追い込まれる。
そんなに信じられないのか、孫市と付き合ってるって事が。
「・・・孫市のことは本気で好きよ。じゃなきゃ幾らわたしでも付き合おうなんて思わないし。」
「でも浮気は許せるってのかい?」
「許してない、許してない。って言うか、最初に浮気はするなって言ってあるし。」
「ですが現に笑って許しているではないですか。」
「それは絶対先に進まないって分かってるからよ。
あれでキス・・・口付のひとつでもしようものなら・・・・・・・・。」
言った所で、わたしは不意に視線を孫市と美人女官の居る場所に移した。
ここからは遠すぎて会話までは聞こえない。
孫市達も未だにわたしたちには気付いていないようだ。
少なくともわたしにはそう見えた。
向こうも向こうで会話はまだ続いている。
不意に、女官が一歩、さっきよりも孫市に近づいた。
そして――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「?どうしたの?」
急に黙り込んだわたしに、星彩が声を掛ける。
だけどわたしは彼女に答えることも出来ず、その光景を凝視していた。
その光景。
つまり、孫市と美人女官のキスシーンを。
「笑えないわよ、孫市・・・。」
ふつふつ、ふつふつ。
確実にわたしの中で怒りが沸き起こってくるのが分かる。
今まで、笑い飛ばせてたのは、いつも絶対そこで終わるのが分かってたから。
いつも絶対それ以上進まないのが分かってたから。
握り拳を両手に握り、無意識の内にわたしの足は孫市達の方に向いていた。
「・・・ん?・・・!?・・・!?いや、待て、誤解するな!これは!」
わたしに気付いた孫市は、一瞬瞳を大きく見開いて激しく動揺した様だった。
彼の隣の女官がチラリとわたしに視線を移し、微かに笑う。
元がかなりの美人だけに、本当に嫌な笑い方だった。
ああ、忘れてたわ。
孫市は確かに顔あり武将な彼女たちには素気ない態度を取られてるけど、
女には基本的に優しいし、扱いにも慣れてる。
それに何より顔もいい。
それなりにモテても全然不思議じゃない。
こういう展開も普通にありだってこと。
口説き文句の余りの臭さにすっかり忘れてた。
わたしも確かに悪かった。
それは認める。
だけど。
「なぁ、・・・。その、これはだな、お前が思ってるようなことじゃ・・・。」
―――ドゴッ
「ぐはっ・・・!?」
「・・・・・・・・・ムカツクもんはムカツクのよ。」
わたしは握ったままの拳を思いきり孫市の脇腹付近に叩きつけてやった。
さすがに彼もまさか殴られるとは思ってもみなかったらしく、
それは見事にわたしの拳は彼の硬い筋肉を抉っていた。
とは言え相手は鍛え抜いた身体の持ち主。
こんなものが早々利いたとは思えないけど。
それでも孫市はげほげほと咽ている。
わたしは彼が口を開くよりも前に、踵を返してその場から駆け出した。
「!待てよ!!!」
背中で聞こえる孫市の声。
だけど勿論、振り向いてなんかやらなかった。
自分の部屋の寝台に横になって天井を見上げる。
さっきから零れるのは重いため息ばかりだ。
そして、脳内には何度も何度も孫市と美人女官のキスシーンがフラッシュバックしてる。
孫市が女と見れば口説きまくるのは、もう仕方ない。
そう、思ってた。
でも違う。
そう思ってると思い込んでたんだ。
アイツの口説き文句は確かに爆笑もんだけど、だからって浮気を許せるわけがない。
だって、結局わたしは、好きだから。
あんな奴でも、大好きだから。
「孫市のアホ・・・。嘘吐き・・・。」
浮気はしないと言った癖に。
「おい、・・・居るんだろ?俺だ、中に入れてくれよ。」
「!?」
――ガバリ。
扉の外。
唐突過ぎる位唐突に聞こえた、孫市の声。
わたしは咄嗟に寝台から勢いよく上半身を起こした。
「・・・宝石の瞳を持つ美人女官と楽しくやってなさいよ、幸せ男。」
「やっぱりそこから見てたのか・・・。
最初の内視線を感じてたからお前だと思ってたんだ。
どうせまた俺の台詞に笑ってたんだろ。」
「そうね、あんたと出会ってわたしは抱腹絶倒と言う言葉を身を持って知ったわ。」
「・・・、お前なぁ・・・。」
はぁ。
扉の外で孫市が溜め息を吐いたのが分かる。
「でも、その後は全然、ちっとも笑えなかった。」
言ったわたしの声は自分で思っていた以上に落ち込んでいた。
それが彼にも伝わったらしい、
孫市はさっきよりも真剣な口調で繰り返す。
「なぁ、・・・頼む、俺を中に入れてくれ。
俺は今、どうしてもお前と話がしたいんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・!」
「分ったわ・・・。」
のろのろと寝台から起き上がり、わたしは扉に向かう。
そして、ゆっくり部屋の扉を開けた。
その途端すぐに、孫市が部屋の中に滑り込んでくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「悪かったよ、そんな顔するなって。マジで反省してる、、許してくれよ。」
言いざま、彼は殆ど強引にわたしを抱きしめた。
あんまり力が強すぎて、一瞬、息が止まりそうになる。
「孫市・・・く、苦しいっ・・・痛・・・。」
「え?あ、ああ、悪い・・・。」
慌てて力を緩めてくれはしたけど、正直かなり意外だった。
まさかあの孫市が、戦国無双随一の女癖の悪さの雑賀孫市が、
女を抱きしめる加減も出来ない程動揺するなんて。
思わずわたしの都合のいいように考えてしまう。
でも、つまりそれって、それ位わたしが愛されてるってことだろうか。
それなら、もしそうなら、当然、ムチャクチャ嬉しい。
そう思うと、わたしは無意識に自分からも彼の体に腕を回してしまっていた。
「・・・。」
「今回だけは許すわ・・・。
何だかんだ言って、孫市が誰かをナンパするのをある意味見過ごしてたのも私だし。」
「・・・・・・・・そのことだが・・・、、お前さ、
いつも偶然俺が女の子を口説いてる現場に居あわせてると思ってるのか?」
「・・・・・・・・・・・・‥‥え?」
一瞬、わたしは孫市が言っている意味が分からなくて、すぐに言葉が出なかった。
――いつも偶然俺が女の子を口説いてる現場に居あわせてると思ってるのか?
今聞いたばかりの彼の台詞を頭の中で巻き戻して繰り返す。
つまり、あれはわざとだったと?
「孫市・・・。」
「おっと、言っとくが、妙な勘違いはよしてくれよ。
・・・・・・・・・いや、まぁ・・・どっちにしろ余り格好のつく話じゃねぇんだが・・・。」
「どう言う意味よ?」
そう聞き返して彼を見上げるわたしの目を避ける様に、孫市は視線を逸らした。
らしくもなく彼の頬が赤い。
わたしはジッと彼の答えを待った。
「ようやく恋人同士になれたってのに、
余りにもお前の俺に対する態度が変わらないんで、
少しでも気にして欲しかったんだよ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
きょとん。
思わず間抜けな声を出してわたしは孫市を見上げ続ける。
彼は益々顔を赤くし、眉間に深くしわを寄せた。
見ようによっては拗ねた子供みたいにも見える。
「チッ・・・俺とした事が、普通にダサいぜ・・・。」
ボソリと呟く孫市。
こんな彼は初めて見たかもしれない。
友達やってる間にもこんな顔は見た事がない。
子供っぽいところがあるのは知ってたけど、
でも色恋に関しては絶対にわたしよりもずっとずっと上手だと思っていた。
「大体な、・・・お前だって悪いんだぜ?
俺が口説き文句口にする度、大受けしやがって。」
「・・・だって笑えるんだもの、あんたの台詞。寧ろ笑わせてるとしか思えない。」
「あのなぁ、こっちは少しでも甘い雰囲気を演出しようと・・・。」
「わたし相手に今更気取って演出してどうするのよ、友達から入ってんだから、
変に飾り立てた台詞なんか笑いを誘うだけよ。」
あの台詞でわたしと甘い雰囲気を演出なんてそれは土台無理な話だ。
甘いどころか大笑いしすぎて雰囲気ぶち壊し。
それまで恋人らしい空気でそれなりにいい感じだったとしても、
孫市流口説き文句を聞かされた日には、わたしの腹筋は悲鳴を上げる。
――、俺はお前と言う女神と共にあれば、運命を切り開けるぜ。
「・・・・・・・・・・・・無理、絶対無理。思い出しただけで爆笑もんだし。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
はぁ。
孫市は諦めたように溜め息を吐いた。
「けど、わたしに構って欲しいからって目の前で浮気されたんじゃ堪ったもんじゃないわよ。」
「ああ、もう2度としねぇよ。お前が妬いてくれたって分かっただけで十分だ。」
言って、孫市がわたしの方に屈みこんでくる。
わたしは自分からも踵を上げて彼の唇に自分の唇を重ねた。
触れ合った唇から、蕩けそうな程の熱が生まれる。
それからわたし達はどちらからともなく何度もお互いの唇を求め、
数え切れないほどのキスをした。
胸の奥を焦がす甘い衝動と疼き。
初めてお互いの気持ちを確認した時の事を思い出す。
「・・・今夜は俺もこの室に泊って行く・・・。嫌とは言わせないぜ?」
「・・・・・・・・・言わないわよ。言ってやらない。」
視線を絡め合わせて微笑むと、わたし達はまたキスをした。
(終わり)
オマケ
「実はお前が俺を殴って逃げちまった後、美女4人に詰め寄られてね。」
「・・・4人、祝融さん、月英、星彩、ァ千代?」
「ああ。お前を傷つけたってこっぴどく叱られちまったぜ。」
「ほっほっほ!!でもそんな状況も美味しいぜ。とか思ったんでしょう。」
「え!?・・・いや、そんなこたねぇよ・・・!180度いい眺めだったなんて俺は思っちゃ居ないぜ!?」
「思ったのかい!!・・・ホンット、幸せ者よね、色んな意味で。」
「俺程の色男だ、お前も色々苦労するな。」
「ええ、苦労するわ。あんたが思っているのとは明らかに違う方向でね!!!」
「・・・お前なにげに俺のこと馬鹿にしてないか?」
「あれ?今頃気づいたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑えねぇ。」
後書き
ながっ!!しかも途中放置を書き上げたので微妙感漂う一品に(笑
今回は珍しく女子キャラ参戦でした。いつもは男性キャラばっかなので、
たまにはこういうのもと思いまして。孫市ですしね。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました、失礼します。
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