――――数日後。


、このわしと酒で勝負せよ。」
「無理よ。」

再び開かれた宴の最中。
申し込まれた政宗の挑戦を、は即座に断った。

「何だと!?貴様、あのまぐれ当たりでこのまま勝ち逃げるつもりか!?」
「言ったでしょ、あの日はざるの日だったの。今日は無理。絶対下戸の日だから。」

答えた彼女の手元には、確かに酒の杯らしき物は見当たらず、
代わりに茶の入った湯のみが置かれていた。
どうやらは未だ酒を口にしては居ない様だった。

「ふざけるな!たった数日でそうまで極端に体質が変わる筈があるまい!」
「って言われても仕方ないでしょう。分かるのよ。無理なの、今日のわたしはお話にならないの!」

尚も言い募る政宗に、は再度、そう告げた。
だが、政宗はやはり彼女の言葉を信じている様子は無い。
は深い溜息を吐いた。

「じゃあ、約束して。」
「約束だと?」
「そうよ。わたしが今からお酒飲むから、
ぶっ倒れたら政宗が責任持ってわたしを看てくれるって約束。」
「フン、あれ程の酒豪が何を言う。」

鼻を鳴らして答えた彼に、彼女は更に口を開いた。

「約束してくれないんだったら飲まないわよ、わたしは。倒れて放置されたら困るし。」
「・・・・・・・・・・・そこまで言うならば良かろう。
だが、お前が酒一口で倒れるような女子なら、わしも最初から勝負など申し出たりはしておらんがな。」

の言葉を全く信用していないらしい政宗は、そう返し、手にした杯に徳利の酒を注いだ。
そして酒で満たされたその杯を、彼女へと差し出す。
は諦めた様な表情と共に、素直に杯を受け取った。

「政宗、約束、だからね。」
「くどい!」
「・・・・・・・・・飲むわよ。」

数日前の彼女とは別人の如く、は杯に口をつける事さえ躊躇しているようだった。
だが、やがて彼女は意を決した様子で酒を口に含んだ。
刹那―――。


ぐらり。


「!?」

の体がゆっくりと畳へ向かって崩れ落ちそうになる。
政宗は咄嗟にその体を片腕で支えていた。
だが、彼にとっては予想外の結果。
数秒、呆然とを見下ろす。
しかし、芝居や冗談と言った類の状況ではないようだった。
は瞬時にして完全に酔いつぶれ、政宗に寄りかかってきている。

「おいおい政宗、お前何やってるんだ?腕に抱いてるのはじゃないか、お前まさか・・・。」
「何を言っている!?孫市・・・!お前と一緒にするでないわ!それより少し手を貸せ!」

彼らのすぐ側を通りかかった政宗の友人、孫市。
政宗は明らかに邪推した様子の彼を一蹴し、を宴の会場の隅まで移動させる為の手助けをさせる。
やがて二人は人気の少ない場所に彼女を寝かせ終え、ホッとした様に側に腰を下ろした。

「やれやれ、嫌がる女に酒を勧めるなんて、政宗もイケてないねぇ。」
「煩いわ、わしとてよもやこの様な事態に陥るとは思っていなかったのだ。
つい数日前のわしととの飲み比べを、お前も見たであろう、孫市。」
「ああ、ありゃまさにうわばみだったな。」

言いながら、孫市は数日前の二人の勝負時の情景を思い出し、ククッと喉の奥で笑う。
政宗は自身の敗北と言う屈辱が再び胸中に滲み、苦々しい表情で彼を睨みつけた。

「・・・・ん・・・。」

「「!」」

そこで彼女が僅かに声を漏らし、身を捩る。
二人は同時にへと視線を向けたが、どうやら目覚めた訳ではないようだった。
今日の彼女は珍しく女人らしい華やかな衣装を身に纏い、薄化粧を施している。
その為か、畳に横になっている彼女は、平生よりも色香が増して見えた。
更に、先程自身が体を動かしたことにより襟元から鎖骨が綺麗に露出し、
ほっそりとした足首からふくらはぎにかけて着物がめくれ上がっていた。

「ん〜・・・もこうして見るとやっぱりそそられるねぇ。」
「っ!孫市!お前、いやらしい目でこいつを見るでない!」

そう口にすると、政宗はバサと自らの外套を脱ぎ、の肢体を隠す如くしてかけた。
そして、周囲を警戒する様に視線を走らせる。

「そろそろこやつを室まで運んでやった方が良いかもしれぬな・・・。」

半ば独り言のように彼は呟いた。
だが、そこへ背後から別の人物が声を掛ける。

「いいえ、無闇に動かさないほうがいいわ。一度目覚めるまでは寝かせておいた方がいい。」
「お!星彩じゃないか!酒の席に長く居るとは珍しいね。貴女の隣で飲む酒は、格別に美味いに違いない。」

色白の端正な面立ちの娘。
彼女の姿を見るなり、孫市が嬉々とした表情で言った。
だが、星彩はその言葉を全く無視し、政宗へと視線を向けている。

「良ければ誰か呼ぶけれど。」
「いや、元よりわしの責任だ。わしが面倒を見る。・・・・約束でもあるからな。」
「そう、だけどもうそろそろ宴も終るようだし、時期に片づけが始まる。
それでもずっと側に居るのね?」
「仕方あるまい・・・。」
「そう、ならば宴の責任者にはそう伝えておくわ。」

淡々と言葉を続ける星彩に、彼は軽く頷いて答えた。

「おいおい、俺のこと丸っきりシカトか?手厳しいな・・・。」

その二人の傍らで、孫市は情けない声で一人、呟いた。
星彩がその場を後にすると、政宗はに瞳を落としたまま彼に告げる。

「孫市、後はわしだけでどうにかなる。お前は女どもの所にでも行くがいい。」
「〜♪そりゃこれ以上の側に近寄るなってことかな?」
「・・・・・・・フン!・・・そう言うことだ。」
「ははっ!素直だねぇ。ま、いいや。さすがの俺もダチの恋路を邪魔するほど野暮じゃない。
上手くやれよ、政宗。今位素直なら、彼女も落ちるかもしれないぜ?」
「煩いわ!さっさと行け!」

ひらひらと片手を振り去っていく孫市の背に、政宗は頬を染めて怒鳴り声を上げた。



やがて宴は完全に終了し、会場内は綺麗に片付けられた。
だが、は未だに目を覚ましておらず、政宗はそのすぐ側に腰を下ろしたまま、
彼女の寝顔に視線を落としていた。

「・・・ん・・・んん・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・、気づいたか?」

薄っすらと開かれるの瞳。
彼女は暫しの間政宗の呼びかけに答えず、ぼんやりと天井を眺めていた。
そして、ゆっくりと身を起こす。

「・・・政宗、約束守ってくれたみたいね。」
「フン・・・あの状況では仕方あるまい・・・。
―――いや・・・今回はわしの責任だな、すまぬ・・・。」
「・・・政宗・・・。」

素直に謝罪の言葉を口にした政宗に、ふっ、と、彼女は笑みを零す。
は彼女の体に掛けられていた政宗の外套を両手で軽く掲げて見せた。

「これ、かけてくれたんだ。有り難う、もう大丈夫だから、返すわ。」
「室に戻る間はかけておるがいい。」
「え?でも・・・。」
「今宵のお前の衣装は露出し過ぎだ、馬鹿め・・・。」

視線を逸らした彼が、少々拗ねた様な口調で言った。
はくすくすと小さく笑う。
どうやら未だ、酒が完全に抜け切れていないようだ。
平生の勝気な彼女とは、何処か違っていた。

「女官の人たちに少しは着飾った方がいいって言われたのよ。
もっと殿方の目を意識して、この世界で自分を支えてくれるような誰かいい人を見つけろって。
・・・・で、色々言われてる内に、何か着替えさせられてて・・・。」

そこまで口にして、は苦笑を浮かべた。
喋りすぎたかな。
と、小さく彼女が呟く。
政宗はジッと彼女を見つめていた。


「お前はここで自分を支えてくれるような男を見つけるつもりでおるのか?。」


数刻前まで宴が開かれていたとは思えぬ程静まり返った広い室内。
その政宗の問いは、やけに大きく彼女の耳に響いた。

「・・・え?わたしは・・・。」

僅かに戸惑った表情を見せる
その刹那、彼女が手にしていた政宗の外套がはらと畳へ落ちる。
の襟元の鎖骨が再び彼の目へと飛び込んできた。
だが、彼女自身は全くそのことに気づいた様子は無い。

、わしにしておけ・・・。」
「・・・え?」
「わし程の器の男は他におらぬ!わしにしておけと申しておるのだ!」
「っ!?政宗・・・・?」

―グイっ

片腕での華奢な肩を抱き寄せ、政宗は彼女に告げた。
彼女は未だ状況を理解できない様に、呆然とした表情を見せている。
いつもの彼女ならば即座に思考を働かせている筈だが、やはり酒が抜け気って居ないらしかった。
そのことに少々負い目をかんじつつ、されど何処か安堵している自分に、政宗は気づいていた。
平生の勝気な彼女に反論されては、彼も素直に自身の気持ちを打ち明けては居ないだろう。
彼の腕にすっぽりと収まった彼女は身じろぎさえせず、ただ肩を微かに震わせている。
抱き寄せた腕の中の
瑞々しい水蜜桃にも似た甘い香りが彼の鼻腔を満たした。
政宗たちの世界にも、趙雲や星彩たちの世界にも、そして無論遠呂智の世界にも属さぬ場所から来た娘。
不思議な空気を纏い、他の者と違い、たった一人でこの世界に迷い込んできた彼女は、
しかし常に前向きで気丈だった。

「じゃあ、政宗もわたしにしておけばいいわ、わたしみたいな女、ここじゃ絶対に見つからないから。」
「フン・・・ここでなくとも、お前ほどの女などおらぬわ・・・。」

笑みを含んだ口調で返す彼に、がまた小さく笑う。
そこで不意に、二人の視線が絡み合った。
互いの瞳の奥。
同様の気持ちが宿っているのが分かる。

「政宗・・・。」

がゆっくりと瞼を閉じるのと、彼がその唇に自らの唇を寄せるのとは、ほぼ同時だった。
やがて重なり合う、唇と唇。
柔らかく心地よい感触に、熱が加わり、それはすぐに濃厚な口付けへと変化する。
政宗がの舌を絡め取り、ねっとりとした口付けは激しさを増した。
ようやく彼が唇を離した時には、はくたりと彼の肩口に額を埋めていた。

「・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

名を呼ぶ政宗に、の反応はない。
口付けの余韻と呼ぶには、余りにも彼女の体は完全に彼へと傾きすぎていた。
そこでふと、政宗の頭にある考えが過ぎる。
彼はこの宴が始まってすぐに少量の酒を飲んだ。
だが、その後はすぐにの下へ向かい、あれ以降数刻の間、酒は口にしていない。
しかし―――――


・・・!」

スゥスゥ

穏やかな寝息。
規則正しい呼吸音。

彼の口内に僅かに残った酒の味。
そのほのかな酒気さえも、この時の彼女を再び酔いへと誘うには充分だったらしい。


「・・・くっ!!今日のお前はどれ程の下戸だ!馬鹿め・・・!」



(終わり)



後書き
星彩難しかったな・・・。OROCHI設定なので前半と後半、戦国と三国のキャラを絡めるように努力しました。
しかし長さが全然違う・・・。でもどうにか書き上げられたので良かったです。
ではでは、今回はこれにて失礼します。ここまでのお付き合い、誠に有り難うございました!


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