深夜。
寝台の上で不意に目覚めたは、ぼんやりと視線を空に彷徨わせ、
やがてゆっくりと身を起こした。
彼女の隣にあるもう一つの体温。
はその人物に瞳を移し、彼を起こさぬ様注意深く腰を浮かせた。
そして、喉の渇きを癒すため、寝台の側にある卓上の瓶に手を伸ばす。
壁際に居る彼女の場所から卓までは少々離れており、片腕で体を支え、態勢を傾けねばならない。
「ん・・・、起きたのかい?」
彼女の手が水で満たされたその瓶に届いた所で、隣で眠っていた筈の左近が声を掛けてきた。
「ああ、左近、ごめん、起こした?少し喉が渇いたから。」
返事をし、彼女は杯を使用せぬまま瓶に口をつけて水を喉へと流し込んだ。
ごくり。
ごくり。
音を立て、薄暗い室内に彼女の白い喉が上下しながら潤いに満たされて行く。
左近は僅かに苦笑して言った。
「あんたは相変わらず豪快な娘さんだな。」
「ほっほっほ、これはご免あそばせ。どうしても我慢できなくて。
良かったら左近も飲む?―――口移しで。」
答えたは、悪戯を思いついた童女の様な表情で彼に向って微笑んでみせる。
左近は瞳を僅かに細め、筋骨の十分に蓄えられた逞しいその体をゆっくりと起こした。
「いいねぇ、それじゃ、そうしてもらうとするか。」
「・・・・・・・・・・・・・・う。」
意図も容易く返事をした彼に、は微かに動揺を示す。
やがて大きく溜め息を吐いた。
「目の前に居る相手が誰だかを忘れてたわ。」
「ははっ、自分から持ちかけておいて焦ってんのかい?」
彼女の様子に左近が声を上げて笑う。
は少々睨みつける如くして彼を見つめた。
「あんたが出来ないってんなら、俺が飲ませてやろうか。」
「・・・それじゃあ意味ないでしょ。喉渇いてるのは左近なんだから。
わたしがやる。生温かい水でも飲んで貰うからね。」
拗ねた子供のような口調で返し、は手にある瓶を自身の唇へ押し付け、一気に傾ける。
そして左近へ圧し掛かる態勢で彼の体へ身を寄せると、自ら彼の唇へと花唇を重ね合わせた。
文字通り、彼女の口移しで生温かさを帯びた水が左近の口内へと送られる。
彼はの腰を片腕で支えながら、寝台の外郭に背を預け、彼女の顎に空いた片手を添えていた。
ゴクゴクと小さな音を立て、左近の喉を水が通過していく。
互いの唇の端からは、溢れた水の滴が顎を伝って流れ落ちていた。
「・・・っ、左近・・・!?」
「折角が俺の為に口移しまでしてくれたんだ、一滴も無駄に出来ないってね。」
くっくっ。
喉の奥で小さく哂い、彼はのなだらかな双丘の挟間に舌を這わせた。
それに反応する様に、彼女の体が微かに震える。
「そんなに心配しなくてもいいぜ、あんたに無理させてもう一戦雪崩込む・・・、
なんてことはしないつもりだ。最も、が望むなら話は別だがね。」
「っ!の、望めません!知ってるでしょう、体力殆ど使い果たしてるわよ。」
「へっ、そりゃ残念だねぇ。」
揶揄する口調でそう返し、左近はの首筋に唇を埋めた。
彼女は喘ぎ声にも近い吐息と共に、左近の体へと両腕を絡める。
「・・・・・・・ねぇ、左近・・・。」
「ん?何だい、。その気になって来たか?」
「違います!・・・・でも、ひとつ、甘えてもいい?」
「ふっ、今更水臭いことは言いっこなしだぜ、何でも言ってみな。」
言いざま、彼はの耳たぶを甘く食んだ。
左近の熱い吐息が彼女の鼓膜を震わせる。
は視線を彼の瞳へと向け、微かに面映ゆい様な表情を見せたまま口を開いた。
「抱きしめて・・・・欲しいんだけど。」
「・・・そりゃ、あんたにしちゃ珍しい申し出だね。」
フッ、と、瞳を細め、彼が笑う。
は羞恥に染まった頬を隠すようにして彼の肩口へ顔を埋めた。
刹那、彼がの肢体にみっちりとした筋肉で構成された太く、硬い己が腕を回す。
彼女はその彼の体に半ば縋るに近い状態で強くしがみついた。
密着し合った肌と肌が、互いの体温と溶け合い、湿った熱を呼び込む。
は彼の肩口に顔を埋めたまま、微かに安堵の吐息を漏らした。
「・・・・・あんたを不安にさせちまうようなことを、したかい?」
「え?・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、違うの。」
違うのよ。
彼女は囁く様にして小さく繰り返した。
そして、再度、その両腕に力を込める。
「今からわたしが言うこと、凄く非常識だから・・・・戯言だと思って・・・すぐに忘れてくれていいから。」
「言ってみな、あんたの言葉なら、俺はひとつも聞き逃さないぜ。」
「ん・・・・、有難う・・・・。」
彼女は僅かに口元に笑みを浮かべ、やがて、少々長めの沈黙の後、再び口を開いた。
「明日なんか、来なければいいと思う時があるわ・・・。
このままずっと、今日が続いてしまえばいいって。」
顔を上げぬままそう口にしたの表情は、左近からは見えない。
だが、その声音と小刻みに震えている彼女の体が、の複雑な心境を物語っている様だった。
ふ、と、は微かに寂しげな苦笑を浮かべ、更に続ける。
「分ってるんだけどね、こんなのどうかしてるって。策や他の皆が必死で遠呂智に抗って、
自分たちの仲間を、世界を取り戻そうとしてる時に、・・・・・・考えていいことじゃないのに。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
無言で彼女の言葉に耳を傾ける左近。
は、再び両腕に力を込め、掠れた声で言った。
「左近の事を好きになったことを、後悔してる訳じゃない。絶対ない。」
「・・・・・・・・・・・・、あんた・・・。」
嗚咽を堪えるように、彼女が肩を震わせた。
左近は僅かに彼女と身を離し、その頬に手を触れる。
は視線を上げぬまま、まつ毛を濡らしていた。
「左近と一緒に居る時間が長ければ長い程・・・・幸せだと感じる時間が多くなるほど・・・、
考える・・・・・・・・・。この世界が、遠呂智から解放されたら、わたしたちは――――」
「・・・!」
彼女の名を呼び、左近は力強くその肢体をかき抱く。
は彼に応える如くして、自らも彼の体に両腕を回した。
「・・・・・・・・・左近。」
「情けない話だが、あんたの不安を完全に拭い去る手段を俺は知らなくてね・・・。
ただこうして、あんたを包み込んでやることしか出来ない。」
暫しの間、二人はただ無言のまま互いの存在をその腕で確かめ合うようにして抱きしめ合った。
「・・・・・・・・・。ふっ、眠っちまったのかい。」
やがて左近の胸に完全に身を預け、規則正しい呼吸音を繰り返す。
彼は穏やかな笑みを浮かべ、その髪にそっと口付ける。
――明日なんか、来なければいいと思う時があるわ。
先程告げられたばかりの彼女の言葉。
不意に、左近の耳に大きく響く。
彼は唇を歪めて苦笑し、彼女の肢体を更に自身の胸へと押しつけた。
「俺も随分と臆病ものになっちまったもんだぜ。」
左近の呟いた一言は、眠っているの耳に届くことなく、空に溶けて消える。
彼女の憂いは、左近の胸中に押し留めていた憂いと全く同様の種類のものだった。
(終わり)
後書き
あれええええええええええ!?これ、シリアスのつもりではなかったんですが!?
前半と後半で話の内容が違う!?(苦笑)
でも取りあえず久しぶりに左近を書けたから、そこは満足です。
ではでは、ここまでお付き合い下さった方に感謝しつつ、失礼致します。
ブラウザバック推奨