「ん?何だ、。あんたもこの講義受けてたのか。」

大学の講義が始まる15分前。
私の隣に座ろうとした彼、凌統が、そう声を掛けてきた。
一瞬、私は顔を上げたまま返事をせずに、口をポカンと開けていた。

「何間抜けな顔してるんだっつの。
それとも、ここに俺が座るのは嫌って意味かい?」
「え?いや、ううん、どうぞ。」

正直、素でビックリした。
だって最近まともに会話したことなんか無かったから。
凌 公績。
彼と私は幼馴染。
高校卒業まではそれなりに仲が良かったと思う。
何となく距離を感じ出したのは、大学に入ってからだ。
同じ大学とは言えお互い色々と忙しくて、
講義やキャンパスで顔を合わしても話をする時間も余りなかった。
ちょっと余裕が出来たと思った時には、彼の周りはいつも誰かしら女のコが傍に居た。
昔からモテてたし、それは別に驚きはしなかったけど。
ただ、あんなに女癖、悪かったんだな、と、最近思うようになっていた。
で、気付けば、挨拶を交わす程度の仲。

「―って事で借りるけど、いいかい?」
「・・・・・・・・・・え!?」

ハッとして、私は視線を隣の凌統に向ける。
どうやら何か話しかけてきてたらしいんだけど、全く耳に入ってなかった。

「やれやれ、上の空とは随分だねぇ。」
「ごめん。で、何?」
「あんたの持ってるそのペン、書き易くて俺気に入ってるんだよな。
良かったら貸してくれないか?・・・って、言ったんですけどね。2回も言うと間抜けだな。」
「だからごめんってば、はい。」

言って、私は凌統の示したペンを彼に差し出す。
そこで私はふと首を傾げた。

「あれ・・・?ねぇ、このペンって・・・・・・・・・。」
「何だい?」
「元々貴方の物だったヤツじゃないの?
・・・あ、そうだ!絶対そう!高校の卒業式で借りて、それからずっと返してなかったヤツ!」

高校最後の日、卒業式。
友達が寄せ書きの為に持ってきた色紙。
その時私は他のコと校庭で写メを撮ってる最中だった。
寄せ書きを持ってきた彼女のペンは丁度他のコの手に渡っていて、
書くものもなくて困ってたら、
そこで凌統がポケットから取り出して貸してくれたのがこのペン。
その後すぐ返そうと思ってたのに、結局皆でワイワイやってる内に忘れてた。
ちゃっかりペンケースにしまっていたりする辺り、自分でも笑える。
けど、多分それは、あの頃の私の気持ちがそうさせたんだと、そう思うけど。

「・・・・いい機会だから返す。書き易くて気に入ってるんでしょ?」
「いや、借りるだけで結構ですよ。それに、あんたは忘れちまってるみたいだが、
これはあんたにやったもんだから、もうあんたの物なんだぜ?」
「・・・え?くれた?そう・・・・だっけ・・・?」

よく思い出せず、私は少しだけ視線を彷徨わせた。


そんな気が、する様な、しない様な・・・・。


「公績の物は私の物、私の物は私の物。あんたあの時そう言いませんでしたかねぇ?殿。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

言った。
確かに私はそう言った。
返そうとしたのもホントだけど、結局口を出たのはそんな台詞だったと思う。
そんなそのままジャイアンな発言、思い出したくもないけど。
でもあれは、ある意味で私の照れ隠しでもあったんだと、
それに彼は気付いては居なかったんだと思う。
じゃなきゃ、こんな風に話を持ち出せるはずもない。

「くれた・・・って言うより、強奪っぽいわね。」
「おやおや、っぽいんじゃなくて、強奪だろ?自覚がないってのは怖い怖い。」
「なっ・・・!凌統が『やった』って言ったんでしょう!?」
「俺は心根が優しい男ですから、精一杯の気遣いってヤツですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


久し振りに会話するけど、やっぱり凌統は凌統だわ。


なんて思ってたら、不意に凌統が自分の手にあるペンに視線を落とした。

「あんた、いつ頃から俺のこと公績って呼ばなくなったんだろうな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・え?」

ボソリ。
独り言みたいな、凌統の言葉。
私が聞き返したすぐ後に、教室内のドアが開いて教授が姿を見せた。
それから私達は会話を止めて、講義に集中する事にした。


講義の最中。
久し振りに長時間幼馴染が隣に居ると言う感覚。
馬鹿みたいな話、少しだけ、緊張する。
広い大学内。
何だかんだ言いつつ、顔を合わせても会話らしい会話も出来なくて、
講義が重なってもこの受講生の数だ。
それに何より高校の時と違って室内の広さも作りも違う。
誰が何処に居るのかなんか、すぐに分かる物でもなかった。


・・・・って言うか、もし見つけてても、綺麗な人・・・連れてる可能性大だし・・・。


不意に、隣の彼の手元が視界に入る。
骨と筋のふしくれだった、凌統の、手。
彼の手は、あんなに大きかっただろうか?
身長は高校に入ってから面白いぐらいにグングン伸びてて、
気付けば彼の頭は私の遥か上にあった。
その頃から、もう凌統を『男』だと意識し始めては居たけど、
手を、こんなにまじまじと見つめたのは初めてかもしれない。
違う、スゴク久し振りだ。
中学生の頃、同じクラスになって、彼は偶然私の隣の席だった。
その時、確かタイクツな授業の合間にボケーっと、凌統の手元を見つめてたのを覚えてる。
あの頃はまだこんなに大きな手じゃなくて、どっちかと言うと華奢な女の子みたいだった。

「・・・・・あ・・・・・・・・・・。」

思わず、小さく声を出した私。
凌統がそれに気付いて目だけでこっちを見る。

(何でもない・・・。)

私はヒソヒソとした声で言って、小さく首を振った。
本当は、何でも無くは、なかったんだけど。
でもそれは、他人が聞けばどうでもいいこと。
彼の癖。
中学生の頃と、変ってない事に気付いた。
句読点を打つとき、順調にノートの上を滑るみたいに動いてたペンが、
そこでピタリと止まって、絶対に2回、トントン、と、ノートを軽く叩く癖。
ホント、言葉にすればつまんない事だ。
だけど、何故か私はそれが少しだけ嬉しかった。
大きな彼の節くれだった手が、中学生のあの頃と、同じ手の動きをしてる事が。

(。)
(・・・・え?何・・・?)

今度は凌統の方がヒソヒソと声を掛けて来た。
そして、ノートに何やら書き付けて、私に見せる。

―久し振りに一緒に食事でもしようぜ、奢るってやるからさ。

「・・・・・・・・・・・・・・。」

チラリ。
視線を凌統に向けた。
彼の口角が、ほんの少し、上がる。
一瞬。
私の胸が、ドクッ、と、鳴った気がした。
食事なんか、昔は当然みたいに一緒にしてたのに。

―凌統、誰かと約束あるんじゃないの?

返事じゃなくて、質問を書いて、彼に渡す。
凌統は苦笑するみたいな溜息を吐いた。

―だったら誘ってないっての。は用事があるのか?

―ないよ。


短くその3文字を書きながら、指先が震えている自分に気付いた。
私は何をこんなに動揺してるんだろう。
確かに、高校卒業直前、あの頃まで、私は凌統を好きだった。
だけど今は、『幼馴染』ただ、それだけの筈なのに。

―だったら決定。何か食べたい物ある?フレンチ・中華・和食・イタリアン。
その辺だったら車で連れてってやれるぜ?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

咄嗟にノートから目を上げて凌統を見る。
免許を持ってるのは知ってたけど、車を持ってる事は知らなかった。
チク。
と、何だか分からない、小さな棘が胸に刺さった気がする。
その車に、今まで何人の女の子を乗せたんだろう、
なんて考え出す自分にビックリした。


―徒歩

「!」

漢字2文字。
目にした途端、凌統が驚いた様にブッとふきだす。
そのすぐ後に、講義中の教授が咳払いと一緒にこっちを睨み付けるのが分かった。

―冗談でしょう?それともこの辺に店でも知ってんのかい?

―徒歩10分、お好み焼き屋-しろちゃん-

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」


―了解、了解。



講義終了後。
私と凌統は、歩いて10分のお好み焼き屋、『しろちゃん』に向かっていた。

「俺が折角奢ってやるって言ってんのに、まさかあの店を選ぶとはねぇ。
恐れ入りましたよ、殿。」
「いいじゃない、あそこのお好み焼き、スゴク美味しいし。」
「ま、俺は安上がりで助かるけどな。」

並んで歩きながら、彼が笑う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?


不意に、また気付いた。
凌統と私。
絶対的に違う、コンパスの長さ。
なのに、隣を歩く、彼。
昔は違った。
女慣れしてるとは言え、そう言うとこに気付くのも遅くて。

「・・・・・大人になったって言うか、タラシに磨きがかかっただけだったりして・・・。」
「ん?何か言いましたか?殿。」
「別に。」

呟いた私の声は、凌統には聞こえなかったようだった。


こうして一緒に歩いてても、あの頃とは違う。


寂しくないと言えば、嘘になる。
だけど、それも、いいかもしれない、と、思える私も居る。
これから行くお好み焼き屋は、高校の頃、凌統や他の友達とよく一緒に行ってた所。
懐かしがる為に行くのも有りだけど、新しい思い出作り上げていくのも、また、有りだと思う。

「こーんな男になっちゃって、『しろちゃん』のおばちゃん、驚くでしょうねー?凌統?」
「はいはい、言ってろっての。いい男になり過ぎてて驚く方に俺は賭けますね。」


「そう言うの、自意識過剰って言うのよ?お勉強になりましたね!」


言って、私は声を上げて笑った。
凌統がわざとらしく大きな溜息を吐いてみせる。


空を見上げれば、雲ひとつ無い青空。


あの頃とは違うけど、同じものだって、まだ、ここにある。


そう実感できた、今日、この日。


(終わり)



後書き
パラレル凌統夢、第2段・・・。書き易かったですが、思った以上に長くなってしまいました。
日本人の名前じゃ有り得ないですが、そこはもう優しくスルーでお願いいたします。
では、ここまで読んで下さった方、誠に有難うございます。失礼します。


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