「宴も佳境だってのに、1人で抜け出すんですか?様。」
「・・・凌統、お前か。」
宴の席をそっと立ち、酔い覚ましも兼ねて庭園へ足を向けようとしていたの後を追ってきたのは凌統だった。
は足を止め、軽く溜息を吐く。
「宴自体・・・苦手なのでな。私1人いなくなっても気付く者などいないだろう。」
「ま、確かに皆出来上がってましたからね。けど、俺は貴女が居なくなったのにすぐ気付きましたよ。」
ゆっくりと彼女の傍まで近付いた凌統は、そう言って笑って見せた。
並んで歩き始めながら、は視線を空へと移した。
細く鋭い猫の爪の様にも見えるその月に、雲がうっすらとかかっている。
夜の澄んだ空気と冬独特の冷気が混じり合い、酒で上気した肌を鎮めていく。
「お前こそいいのか?心配しなくても、私は酔っ払って池に落ちるような真似はしない。
今からでも戻ればいい。それに私が抜け出す事は兄上達や尚香には前もって言ってあるからな。」
「様お気遣いなく。大体俺は貴女と居たいから着いて来たんですよ。」
サラリと彼の口から出てきたその言葉に、は半ば呆れたような顔をした。
「そう言う誤解を招くような台詞はよした方がいい、凌統。
それでなくとも最近周りが私たちを妙に勘ぐった目で見ているのだから。」
「誤解・・・ねぇ。で、参考までに様の言ってる『妙に勘ぐった目』ってヤツをお聞かせ願えますか?」
は軽く眉間にしわを寄せてから視線を彼に向け、少し考えるようにそのまま黙っていた。
だが、決心したように口を開く。
「・・・私とお前が恋仲だと・・・、そう言う噂を立てている者が居るらしい。」
「へぇ、中々鋭い事いう奴も居るもんだ。」
そう言うと、凌統はいかにも楽しげにニヤリと形良い薄い唇の端を曲げて笑んだ。
「凌統・・・、場所も考えずにそんな軽口を叩くからそんな噂が立つんだ。」
「やれやれ、そう来ましたか。俺は軽口叩いてるつもりはこれっぽちもないんですがね。」
肩をすくめ、大げさな身振りで凌統は溜息を吐いた。
その姿こそ、軽口を叩いている証拠なのだ言う風にとしかには受け取る事ができないでいた。
「全く信じられないって顔ですか?様。」
「・・・今までの状況で信じろと言われても無理な話だ。」
「そりゃ手厳しいお言葉ですねぇ。じゃ、質問を変えさせてもらいますが、
様は俺とそう言う噂がたったことについちゃ、迷惑だと思ってるんですか?」
「・・・・・何を急に・・・・・・・・・。」
凌統の問いの内容に、は即答する事が出来ずに言葉を切った。
そして再び眉間にしわを寄せ、戸惑った表情を見せる。
「そんな難しい質問したつもりはないんですけどね、様。
今更俺に気を遣うこともないでしょう、貴女とは、いつも憎まれ口を叩きあってる様なもんだ。」
「・・・・・・・・・・お前は・・・どうなんだ・・・?」
は寒さでかじかみ始めている自身の指先に、
ハァーッと白く生温かい息を吹きかけてから口を開いた。
「質問してたのは俺のはずですが?」
「お前が答えれば私も答えてやる。」
「やれやれ、ズルイ人だな、貴女も。」
クスリ。
苦笑に近い笑みを漏らし、凌統がまた肩をすくめる。
だが、今度は先程のようにふざけている素振りとは違っていた。
「俺は正直大歓迎・・・と、言いたい所ですが・・・、ま、少しやり難いのは確かだ。
それでなくとも貴女は殿の愛娘ですからね。
噂のおかげで構えられちゃ、貴女を独り占めする機会を逃しちまう。」
言いながら、彼は真っ直ぐに彼女を見つめている。
「・・・・・・凌統?お前・・・何を言って・・・・・・・・。」
「だから答えですよ、噂が立ってるってことについての。
貴女が言ったんですよ、俺が答えりゃ自分も答えてやるってね。
さぁて、様、次は貴女の番ですよ。約束通り答えて貰いましょうか、その・・・・・・・・」
「っ!?」
不意に言葉を切った凌統の片手が上がり、彼女の艶やかな唇に触れる。
そしてそのまま彼は続けた。
「唇から、ね。俺への気持ちを正直に言ってくれますか?姫様。」
「な・・・・・・・先程と質問内容が変わっているじゃないか・・・!」
「俺にとっちゃ似たようなもんですから。」
「・・・凌統、お前、酔っているんだろう・・・?」
彼女が喋るたびに唇から放たれる白い吐息が、冷えた空気を彷徨っては消えて行く。
凌統はその吐息さえも逃すまいとする如く、彼女との距離を不意にぐっと縮めた。
互いの吐息が重なり合うほど近くに。
「俺が酔ってるように見えますか?真剣に聞いてるってこと位、そろそろ分かって貰いたいんですけどね。」
「凌統・・・・・・・。」
未だに彼女の唇に触れたままの凌統の長い指が、スッ、と頬へ移動し、掌でそれを包み込む。
寒さで冷たくなったはずの肌が、再び上気し始めるのを自身、強く感じていた。
「・・・お前は・・・よくこういう恥ずかしい体制でそんな話が出来るな・・・。」
は頬を朱に染め、間近にある凌統の瞳から視線を逸らして言った。
長く艶のある彼女のまつ毛が伏せられるのを視界に納めながら、凌統がまた口を開く。
「こういう話だから、貴女の顔を傍で見てたいんですよ。」
「悪趣味な・・・。」
「様。」
不意に彼女の名を呼んだ凌統の声音が、先程よりも低いものへと変化した。
「俺を焦らして楽しんでるのは貴女の方じゃないんですか?
少なくとも、この状況で突き飛ばされないって時点で・・・俺としちゃ期待しちまうんですけどね?」
至近距離のある彼の唇から、白い吐息がの顔に柔らかに吹きかけられる。
は伏せていた瞳を僅か彼へと向け、震える唇で途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「・・・凌統に・・・虎の娘を恋人に持つと言う・・・覚悟があるのなら・・・・・・・・・・。
私はお前の側に居たいと思う・・・・・・。」
「様・・・・。」
の頬を包み込んでいた凌統の手が彼女の体に絡みつき、しっかりと抱き寄せた。
そして再び彼女に吐息を吹きかけながら、彼は熱を含んだ声で先を続ける。
「貴女に惚れちまったその瞬間から、そんな覚悟、とっくに出来てるんですよ。」
「りょ・・・・凌・・・・っ・・・。」
彼の名を呼んだの吐息が、すぐさまその唇に飲み込まれる。
重ね合わせた凌統の冷たい唇は、瞬時にしての上気した熱と交じり合い、ひとつになった。
震えていたはずのは、知らず知らず自らも彼の体に腕を回す。
互いの吐息を飲み干すように、そしてまた吐息を送り込むように、口付けは深さを増した。
それはまるで芳醇な銘酒さながらに、を酔わせていく。
幾度となく唇を合わせては離し、離しては重ね、
やがて互いの息が乱れを見せたその時、ようやく凌統は彼女から身を離した。
「これからは、2人っきりの時は字で呼んじゃくれませんか?様。」
「・・・・・・・・あ・・・ああ・・・・・・・・・・。」
は恥じらう様にまた瞳を伏せ、小さく頷いた。
彼女の体に腕を回したままの凌統が再度を強く抱き寄せる。
「やれやれ・・・やっと噂を本物にできますか。」
安心したように苦笑しながら彼が呟いたその言葉は、の耳には届いていなかった。
(終わり)
後書き
おかしい・・・・、後半考えていた話を忘れて全く違う方向へ話が転がりました。
そして単に凌統に敬語を使わせたかっただけです。
・・・結果、私の書く凌統に敬語は無理だと再確認。本物より小ズルイからな・・・。
誤解を招くといけないので一応、噂をばら撒いたのは凌統ではないですよ(笑)
では、ここまでお付き合いくださった皆様、誠に有り難うございました。
失礼致します。
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