闇夜。
暗く生い茂った森の奥。
は一人、未だ姿を見せぬ待ち人に思いを馳せていた。
大木を背に寄りかかり、空を仰ぐ。
木々の間から、ぼんやりと朧げな月が覗いていた。
森に差し込む月明かりは、余りにも頼りない。


―スッ。


突如。
暗黒の森から闇が一部、切り取られ、一つの意思を持ったかの如く、
彼女の側へと影となって近付いてきた。

「半蔵、来てくれたのね。良かったわ、あんたに連絡取るために随分苦労したのよ。」

微笑と共に、は口を開いた。
彼女の隣に姿を見せた半蔵と呼ばれた忍びの男は、
それに答えず、ただ短く彼女に問う。

「何用だ?」
「ふふ、特に用事があった訳じゃないんだけど。」

はそう言い、肩をすくめて苦笑して見せた。

「愚かなり・・・。」
「あら、得てして女と言うものは愚かなものよ、半蔵。」

返した彼女はゆっくりと視線を半蔵へと移す。
そして再びその艶やかな紅い唇に笑みを浮かべた。
闇夜で微笑する彼女は、この上なく美しく、妖艶でありながら、
何処か幼さの見え隠れする不思議な魅力を持っている。
半蔵は表情を変える事無く、ただジッとその色の無い瞳で彼女を見つめた。
風が森を吹き抜け、木々を揺らす。
静寂の中に、その音だけが鳴り響いた。
やがて、再度口を開いたのは、の方だった。

「・・・・ねぇ、半蔵・・・秀吉兄上は・・・・・・・・秀吉様は・・・・・・もうきっと、長くはないでしょう。」

静かに、だがハッキリと、彼女は現在病床にある彼女の兄の親友であり、
天下人となった豊臣秀吉の行く末を口にした。
そして小さな溜息と共に続ける。

「家康様は、それを見逃しはしないでしょうね。・・・天下はまた乱れるわ・・・。
そしてあんたは・・・・・・・・・・・・・・。」
「ただ主が為、命を遂行するのみ。」
「ええ・・・、分かってる・・・・。」

半蔵の答えに、ふっ、と、彼女は先程の微笑とは違い、寂しげに口元を歪めて笑んだ。
秀吉が天下取りの戦に勝利し、天下は平定された。
されど、周囲の者全てが天下への野心を捨てた訳ではない。

。」
「・・・・!?え!?」

不意に半蔵に名を呼ばれ、は目を見開く様にして彼を見つめる。

「半蔵・・・あんた、今・・・私の名前を・・・初めて・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」

無言の彼に対し、は暫しの間、彼と合わせた視線を逸らさずに居た。
やがて、クスリ、と、彼女が如何にも嬉しげな笑みを零す。
半蔵はその様子に僅か、瞳を細めた。

「ごめんなさい、私に聞きたい事でもあったんじゃないの?
あんまり驚いたもんだから、その先を聞くのを忘れてたわ。」

言って、は微笑したまま彼に話の先を促す。
半蔵は短い沈黙の後、彼女から視線を外し、静かに口を開いた。

「・・・再び世、乱れしその時・・・お前は・・・・・・・・・・。」

そこで彼は先程のと同じく言葉を切り、二人を包む闇に目を向け、
彼女の返事を待った。

「私が何者か、忘れたわけではないでしょう?私は秀吉様の親友、雑賀孫市の妹。
そして、秀吉兄上にはこの上なく可愛がって頂いた身の上よ。
更に言えば、三成様に仕える護衛武将。・・・・家康様達が袂を別つ事になれば・・・、
私は迷う事無く、三成様たちと共に戦うわ・・・。あんただって・・・。」
「主の道を阻む者は滅す。例外は、皆無。」
「・・・・・・・・・・・・・・お互い様ってことね。」


―ビュゥッ。


森を吹き抜ける風の音が大きく互いの耳に反響する。
それと同時にの髪が闇の天へと舞い上がった。
色素の薄い絹糸の如く美しい彼女の髪が、側に立っている半蔵の肩を掠めた。

「・・・自分から持ち出しておいて何だけど、余り気分のいい話じゃなかったわ。
・・・・・・それに今は、考えたって仕方のない事よね・・・・・・・・・・。」

苦笑と共に、が再度、半蔵に視線を移す。
彼は無言でそれに応えた。
不意に、の片手が上がり、布で覆われた半蔵の口元に触れる。
そして彼女の繊細な指先が、布の上から彼の唇の形をなぞる様にして動いた。

「今は・・・こうして半蔵に会える時間があるだけでも有り難いわ。
忍びの身であるあんたが・・・私の呼びかけに応じてくれるだけで。」

やがて彼女が半蔵の口元を覆う布をゆっくりと外した。
彼はそれを咎めるでもなくただジッと彼女を見つめている。

「半蔵・・・。」

は次第に半蔵との距離を縮め、彼の体に細い腕を絡ませた。
彼女が自ら唇を彼のものへと重ねるより早く、
半蔵はその華奢な肢体を抱きしめると、僅か身を傾ける。
主、家康の為に、忍びとして影となり、閉ざし続けた半蔵の心。
だが、彼女はいとも容易くその心に侵入してきた。
如何なる状況下であろうとも冷静であるはずの彼に、
唯一『動揺』と言う文字を刻んだたった一人の女人。
しかし、自身もそれに気付いてはいない。
彼女から放たれる華を思わせる甘い香りが、彼の鼻腔を掠め、満たす。
は角度を変え、幾度となく彼に口付けを促した。
それに応える如く、半蔵は彼女の艶のある唇に深く濃く、口付ける。
徐々に彼の腰元に移動していたの手が、不意に動きを止めた。
そして、僅かに彼から身を離し、弾んだ息と共に口を開く。

「半蔵・・・、あんた・・・傷を負ってるわ・・・。血が・・・・・・。」
「心配無用・・・。」
「だけど・・・・・・・・・ァっ・・・」

続ける言葉を遮る如く、彼はを腕に抱き、その背を巨木へと押し付けた。
そのまま再び半蔵は彼女の唇を塞ぐ。
灼けつく様に熱い吐息が、互いの喉を焦がし口内に広がった。
決して口にすることのない、半蔵の内に秘める想い。
口付けの激しさは、そのままそれを形にした様でもあった。




風さえも息を潜め、静寂と闇に包まれた森の中。
半蔵はの体に回していた腕を解き、彼女に背を向けた。
彼女は彼がこの場を離れる時刻が来た事を知る。

「その傷・・・浅いみたいだけど、さっさと手当てしておいた方がいいわ・・・。」
「気遣い無用。」
「そう言うと思った。・・・・・・それから、半蔵、今夜はありがとう。
次はいつになるか分からないけど、また会ってくれるわよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

無言のまま、半蔵がゆっくりと闇の濃い森の奥へと歩を進める。
だが彼女は敢えて返事を促す言葉を掛けず、その背を見つめた。

「5日後、同時刻。」
「了解。」

簡潔に結ばれた約束。
彼女は微笑と共に答えた。


半蔵はその後何の言葉も発さず、現れた時と同じく、
闇と一体化する如くして姿を消した。


残された彼女は暫くの間彼の消えた闇夜を見つめ続けた後、
満足げな表情と共にその場を後にした。



(終わり)



後書き
きゃー!恐らく1本きりになってしまうと思われる半蔵夢。
寡黙キャラってだけでなく、私の都合上台詞が少な過ぎて申し訳ありません。
好きなんですけど、それとキャラ掴みは別の話(涙)
しかも名前変換、殆ど文章部分でしか使用してなくて申し訳ないです。
こう言う寡黙系キャラって文章力試されてる感じがする・・・。見事敗北。
ですが努力だけはしました。ここまでのお付き合い、誠に有難うございます!失礼します!


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