「くっ・・・、押されておるだと!?馬鹿め!!」
独眼龍として名高い奥州王、伊達政宗。
彼は今、この戦場で苦境に立たされていた。
自軍のみの完全孤立。
押し寄せる敵兵は留まる事を知らず、
まさに湧いてくるが如くの勢いで彼らの軍に襲い掛かる。
平生の政宗ならば、戦場でこのような失態を犯すことなど、まずない。
だが、その彼が不覚を取るほどの密偵が伊達軍に放たれており、
それに気付くことの出来なかった結果が現在のこの状況を呼び込む要因となった。
「く・・・う!殿!このままでは我が軍壊滅して・・・」
「分かっておる!!」
敵兵と刀を合わせたままの政宗が、自軍の武将の言葉に舌打ちをして答える。
救援要請の為の伝令兵は早急に送ってはいるが、
問題はそれまでに此方が持ち応えられるかだった。
「このわしの死地がこのような所であるはずがない!天下人はわしだ!!
みなの者、援軍が来るまで、如何な事があろうと耐え抜くぞ!!」
政宗は自らを鼓舞する様に、自軍の兵達に向け声を上げた。
そしてそれとほぼ同時に、馬に騎乗した武将が彼を目掛け突進して来る。
敵武将は声を荒げて得物を振りかざした。
「伊達政宗!!御首頂戴致す!」
「馬鹿め!貴様ごとき雑兵に、わしの首は取れんわ!!」
政宗はそう言い放ち、素早く横っ飛びに敵の攻撃を避ける。
それと共に片手の銃で、武器を握る相手の手元に弾を発射した。
ズォ・・・ォン・・・
「ぬ・・・ぁっ・・・!!!」
銃声と同時に敵武将の手から得物が弾かれ、更に血しぶきが飛ぶ。
騎乗していた馬が、ヒヒン、と、大きく嘶きながら両の前足を上げ、
武将は地へと叩き付けられた。
そこへ政宗は再度、銃口を向ける。
刹那。
「殿!!!!」
自軍の武将が声を上げた。
政宗の背後に数人の敵兵が襲い掛かろうとしていたのだ。
ズド・・・ドドド・・ォォン!
突如、連発される銃声音に空気が大きく震える。
それと共に地へと崩れ落ちる敵兵達。
されど、それは政宗の銃から発せられたものではなかった。
「貴様!?何者だ!?」
政宗が声を上げる。
ひら、と、機敏な動きで女が一人、政宗の背を護るようにして飛び込んできた。
戦場には余りにも似つかわしくない華を思わせる芳香。
刀を握る手は白く、銃の引き金にかかっている指は繊細そうにさえ見えた。
華奢な体に妖艶さを帯びた雰囲気。
「兄の願いであんたの救援を頼まれたわ。兄の孫市は撤退路を確保する為に北門に進軍してる。
そこからあんたのお仲間たちも援軍をよこしてくれる手筈よ。」
「孫市だと?貴様、奴の妹か!?」
驚いた様に隻眼を見開いた政宗に、女が口を開きかけ、答えようとしたその刹那、
またしても数人の敵兵が彼らに襲い掛かる。
二人は背中合わせのまま、互いの眼前まで迫る敵兵を刀と銃で見事に捌いた。
「お喋りはここまでよ!!北門を目指し、軍を撤退させて!!」
「フン、わしに指図するでないわ。・・・だが、礼だけは言っておいてやる!」
そう言うと、政宗は北門の方向へ刀を突き出し、声を上げた。
「皆の者、北門まで撤退するぞ!何としてでもここから抜け出すのだ!!」
その後、政宗の軍は急死に一生を得る形で北門までの撤退を果たし、孫市との合流を遂げた。
「政宗、どうやら間に合ったみたいだな。」
「馬鹿め!わしがあの様な輩に討ち取られる筈があるまい。」
「さすが言うね。もうすぐ片倉殿達の援軍も到着する。
それで形勢逆転だな。俺の機転に感謝しろよ、政宗。」
ニヤリと口角を上げ、孫市は政宗の肩に手を触れる。
政宗はフン、と鼻で一笑し、されどすぐに彼と同じく口の端に笑みを浮かべた。
「兄上、奥州の若殿は聞きしに勝る曲者だわね。」
「助かったぜ、。さすがは俺の自慢の妹だな。」
そう答えた孫市は、途端にその顔をだらしなく緩める。
政宗は視線をジロリと彼女へ移した。
「お前、わしに名乗ることすらしておらんな。曲者はどっちだ?」
「少年、あの状況でわざわざ自己紹介をお望みだったの?
雑賀孫市の妹、それが分かっていただけでもあの場合は十分だったと思うけど?」
「なっ・・・貴様!わしを少年などと称するな!!馬鹿め!!」
むきになって声を上げる彼に、はニヤ、と、口元に薄い笑みを浮かべる。
だが、すぐに表情を引き締め直し、口を開いた。
「まだ戦は終わってないわ。総大将殿の起死回生戦場劇、見せて頂こうじゃないの。」
「言われずとも分かっておる!
竜の戦、その両眼に焼き付けて2度と少年などと呼べぬ様にしてくれるわ!」
政宗がそう返してすぐ後、伝令兵が彼の元へと進み出て、声を上げる。
「片倉様、鬼庭様よりの援軍!!只今到着致しました!!」
政宗はそれに大きく頷いて見せ、自軍の兵に向け怒鳴り声を発した。
「よし!反撃に出るぞ!!わしに続け!!!」
かくして、伊達軍は孫市と兄弟の働きにより、危機を脱し急死に一生を得ただけでなく、
勝利を収める結果で戦を終結する事が出来た。
「私達の活躍を差し引いても、後半の功勢は目を見張るものがあったわね。
さすが、女好きの兄上が着いて来た男・・・ってとこかしら?」
「ハハ・・・、ま、アイツも伊達に奥州王なんて呼ばれちゃいないってことさ。」
戦終了後。
そんな会話を交わす二人の傍へ、話題の中心人物、政宗が姿を見せる。
「二人とも、よくやった。褒めてつかわす。」
彼の第一声に、は肩をすくめて言った。
「・・・兄上、やっぱり不遜少年だわね。」
「おい!わしを少年などと呼ぶでないわ!!」
の言葉が終わるか終わらないかの内に、政宗が怒鳴る。
孫市はその様子に声を上げて笑い、政宗の肩に手を触れた。
「とにかくお前が無事で良かった。ダチが俺より早く逝くのは・・・勘弁願いたいんでな・・・。」
「・・・・ああ、分かっておる。わしはそう簡単には死なん!
天下を取り、天かける竜になるその日まで、何人にも邪魔はさせん!!」
彼はそう口にした後、視線をへと向ける。
「と申したな。」
「ええ。礼ならもういいわ、報酬は兄上からきっちり頂くから。」
「わしの下に来い。この竜が天下を平定する様、お前も孫市と共に目にするがいい!」
政宗は真っ直ぐに彼女の視線を捕らえたまま、平然とそう述べた。
一瞬、は驚いた表情と共にその独眼を見つめ返す。
「・・・・・本気で言ってるの?」
「わしが嘘など言うはずがなかろう。」
何処までも尊大な態度を取り続ける政宗は、事も無げに答えた。
は不意に瞳を兄である孫市に向ける。
「聞いた?兄上。『来ないか?』でなく『来い』よ。これはもう勧誘じゃないわ。」
「フン、そんな生温い誘いで首を縦に振る女には見えんからな。」
孫市が彼女の言葉に答えるより早く、政宗はそう返した。
孫市はククっと喉の奥で笑い、口を開く。
「俺の秀麗な妹の腕を買いたいってのは良く分かるぜ、政宗。
何と言ってもこの俺の実妹だ。素敵な男は全てにおいて完璧だからな。」
満足げな微笑と共に、孫市は一人、何度も頷いて見せた。
はそんな彼の様子に小さく呆れを含んだ溜息を吐き、再び政宗に視線を戻す。
「奥州王だろうと、兄のダチだろうと、報酬はその度きっちり頂くわよ。」
「当たり前だ、馬鹿め!わしはお前の腕を欲しいと言っておるのだぞ。
その程度の要求呑めぬ訳があるまい。」
ふぅん、と、は独り言の様に小さく呟いた。
更に政宗と視線をしっかりと合わせ、僅かに瞳を細める。
そして彼女は艶やかな唇に半円を描き、微笑した後、再度その口を開いた。
「いいでしょう、少年・・・いえ、政宗様。
貴方の天下取り、私も兄と一緒にお手伝いさせて頂くわ。」
彼女の答えに、政宗がニヤリと口角を上げる。
は更に続けた。
「そうと決まれば善は急げね。私は色々とやることがあるから、一度戻るわ。
連絡は・・・・兄上に伝えておくから。それと、馬を貸してくれない?」
「フン、予測済みだ。そこの者に馬の手配を申し付けてある。」
言った政宗が、視線のみで傍に控えていた兵に合図を送る。
兵はそれに従い素早く手綱を手にし、彼女の前へと馬を差し出してきた。
は兵に礼を述べ、すぐさまひらりと馬の背に乗る。
「遠慮なく借りるわ、政宗様。有難うございます。それじゃ、慌しいけどこのまま行くわね。
兄上、またすぐに会う事になるけど、それまで元気で。」
「ああ、待ってるぜ。」
彼女は二人に一礼すると馬の腹をひと蹴りし、その場を去って行った。
孫市は小さくなっていくの姿を見送りながら、隣に立つ政宗に声を掛けた。
「アイツの腕に惚れるのはいいが、アイツ自身に惚れて手を出すってのはなしだぜ?」
その台詞は孫市にとって、政宗に例の如く『馬鹿め!』と罵られる事を前提とし、
言わばそれを承知で釘を刺したのに過ぎなかった。
だが、政宗は彼の予想を大きく裏切り、こう言葉を返した。
「さぁな、今のわしにそれを約する事は出来ん。」
「・・・・・・・・!?」
驚いた様に目を見開く孫市に、隻眼の竜はニヤリと口元を上げて見せた。
そして孫市が次の言葉を発するより早く、彼は足早にその場を去る。
孫市がその背中に慌てた様子で何事か叫んでいたのは言うまでもない。
(終わり)
後書き
シリーズで連載じゃないぞ!と、言い張ってみます(苦笑)
今回は伊達軍ヴァージョン。思った以上に長くなってしまいました・・・。
初の政宗でしたが・・・私の書く政宗、『馬鹿め!』乱用し過ぎですね。言えばいいってもんじゃ・・・。
この作品を読んで下さった方、誠に有難うございます。これからもっと精進します。
ではでは、失礼致します。
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