「なぁ、政宗・・・。がここに来てもう結構な月日が経つが、
まさかお前、本気でアイツに手を出してやいないだろうな?」
孫市に不意に投げかけられたその問いに、政宗は僅か怪訝そうに眉を顰めた。
珍しく穏やかな午後。
天守閣。
彼らは揃ってその階段を下りている途中だった。
「孫市、貴様突然何を言い出す?」
「俺だってこんな事聞きたくも無いさ。だが、兄としては気になって当然だろ?
政宗、元々お前があの時あんな返事の仕方をするから、
俺としても見過ごすことが出来ないんだからな。」
言った孫市に、政宗は小さくフン、と、鼻を鳴らす。
彼の言う『あの時』とは、
政宗と孫市の妹であるが初めて対面を果たした戦終了後の事を示していた。
―アイツの腕に惚れるのはいいが、アイツ自身に惚れて手を出すってのはなしだぜ?
半ば軽口の如く、だが無論釘を刺すつもりで口にした孫市の一言。
それに対する政宗の答えは、平生の彼らしからぬ物だった。
―さぁな、今のわしにそれを約する事は出来ん。
薄く笑みを浮かべて返事をした政宗の台詞と表情を、孫市は今でも鮮明に思い出せる。
それはもう、半年近く前の出来事だ。
「政宗、俺は別にアイツに男が出来るのが嫌だってんじゃないんだぜ。
ま、勿論何処の馬の骨とも知れん奴に渡すつもりはない。
けどな、を守ってくれる男が現れて、アイツがソイツに惚れてんだとしたら、
俺は喜んでアイツを送り出してやるつもりだ。」
彼はそこまで口にすると、僅か先を行く政宗に視線を移した。
そして、更に先を続ける。
「だが、お前程の身分の男になると・・・、アイツには重過ぎる。」
「・・・貴様は何が言いたいんだ?」
ピタリ。
足を止めた政宗が、下から見上げる形で彼を睨み付けた。
「は俺と同じだ・・・、嫌、俺より更に渡り鳥気質の女だ。
アイツと一緒になる男は、それを承知で受け入れ、
そして受け入れられる立場の人間じゃねぇと無理だ。
政宗、お前は色々と背負い過ぎてる、
を受け止められる身軽さはお前にはない、そうだろ?」
「フン、下らんな。孫市、貴様の話は飛躍し過ぎだ!馬鹿め!」
政宗は眉間に寄せたしわを更に深くし、
再び孫市に背を向けると階下を目指して歩を進める。
孫市はその背中に視線を落したまま、再度、口を開いた。
「じゃあ聞くが、アイツとは何もないんだな?」
「ああ、お前が憂慮する事になどまだ至ってはおらん。」
「そうか・・・・・・・・・って、何!?今聞き捨てならねぇ台詞があったぜ!政宗!」
政宗の返事に、孫市は一度は頷いたものの、慌てた様子で彼の肩を掴んだ。
「“まだ”ってのはどう言う意味だ!?」
「どう言うも何も、言葉通りの意味に決まっておろう。わしは貴様の問いに答えてやったまでだ。」
「それはこの先その予定があるって意味か!?いや、待てよ・・・・まさか・・・・・・。」
そこで足を止めた孫市が、ふと考える様に視線を彷徨わせた。
そして、眉間に深くしわを刻み、再び続ける。
「“至ってない”ってのはつまり、その手前までは行ったってことか!?
おい、政宗、どうなんだ!?正直に吐け!とどこまで行った!?
返答によっちゃ普通に容赦しねぇぜ!!」
「兄上?政宗様もそこに居るの?」
「「!!」」
不意に階下から聞こえるの声。
二人は同時に其方へ視線を向ける。
程なく、彼女が足早に孫市達の元へ姿を見せた。
「やっぱりね、兄上、随分と大声を張り上げてたけど、一体何の話?」
「・・・・・・・い、いや、何でもない。」
「お前こそ、わざわざ天守まで登ってくる程の用事があったのであろう。」
動揺を隠せぬ様子の孫市に対し、政宗は平静を装ってに答える。
彼女は軽く頷いた。
「兄上を呼びに来たのよ。と言っても、私が天守に登るついでだったんだけどね。」
「フン、貴様はまたここから空でも眺めるつもりだったのか。年寄り臭い趣味を持ちおって。」
「政宗!お前こんな美人を目の前にそんな「兄上、皆待ちわびてるわよ。」
半ば呆れた如くの口調で彼女は孫市の台詞を遮った。
そして、肩をすくめて苦笑して見せる。
「政宗様の事ならもう慣れてるわ。兄上だってそうでしょうに。
それより、そろそろ本当に行った方がいいんじゃない?私はこれから上へ行くけど。」
「・・・、ならばわしも付き合ってやろう。あり難く思うがいい。」
口角を上げて笑みを浮かべた政宗が、
と共に再び上を目指して歩を進め始めようとしたその刹那。
孫市は驚いた様に声を上げた。
「なっ!?おい、待て!政宗!」
「何だ?孫市。お前はさっさと部下達のもとへ行かねばならんのだろう。
本よりお前は直に呼びに来る者がある事を予測し、ここを降りていた筈だぞ。
わしはお前に付き合ってやったに過ぎん。」
「いや、まぁ、そうなんだが・・・・。」
「?兄上?本当に急いだ方がいいわよ。込み入った話みたいだったから。」
再度促すに孫市は深く溜息を吐き、諦めた様に首を小さく左右に振った。
「仕方ねぇな・・・。俺は行くが・・・おい、政宗、さっきの台詞、俺は忘れねぇからな!」
「フン、わしはとうに忘れておるわ。」
政宗の返事を背中で聞きながら、孫市はまた深く大きな溜息を吐く。
視界の隅でチラリと捕らえた愛しい実妹の横顔にもまた、
彼は不安を掻き立てられて仕方ないのだった。
男女の色恋について第三者が口出しをする事がどれ程に無粋なものかは、
孫市自身が身を持って理解しているつもりでも、ことに関してはそんな理屈も通用しない。
急に重くなった足取りで階段を一歩一歩踏みしめながら、
彼はようやく最後の階へ差し掛かった事を知った。
「せめてが政宗に興味を持っていなけりゃ・・・、俺もここまで煩く言わずに済むんだけどね・・・。」
零す言葉は既に手遅れだと自身で確認した様なものだ。
そして現にが政宗に興味以上の好意を抱いているのもまた事実だった。
それをいち早く察するに至ったのは、
無論、彼がその手の方向に長けていると言う理由だけではなく、
実妹に関わる事だったからに他ならない。
複数の者を愛せる孫市とは対照的にたった一人を見出す彼女の愛情は、
それ故に深く、直向きなものなのだとも、彼は理解していた。
だが、は決してそれを相手に悟らせることはなく、
結果的にその姿に翻弄された相手側が彼女に心奪われてしまうのである。
「・・・ったく、の奴は何でこう普通に厄介な男に惚れちまうんだろうな・・・、なぁ、秀吉。」
天守閣を抜け出し、見上げた空は青く、澄み渡っていた。
不意に孫市はそこで足を止める。
彼は幾度目かの溜息と共に空を仰ぎ、今は亡き友に語り掛ける様に呟いた。
豊臣秀吉。
彼の生涯忘れ得ぬ今は亡き友。
日ノ本の天下人であった男。
そして。
「けど、アイツはお前の側室にも納まらなかった・・・。
自分の身の振り方は・・・決められる女さ・・・。ま、それも分かってんだけどな。」
かつて孫市の実妹、の想い人だった男。
孫市は空に向けた視線を正面へと移し、再び歩を進める。
全てを理解した上でも、やはり政宗との間柄が親しくなる事に焦りを覚えてしまう。
今後も更に募る一方であろうその焦りに、
彼はまたしても限りなく深い溜息を吐かずには居られなかった。
(終わり)
後書き
無糖(笑)しかもヒロイン殆ど登場してませんしね。ハハハハ。
そして孫市、やっぱりシスコン指数高し。久々にこのシリーズ書いたのに、
夢らしくなくて申し訳ないです。
とりあえず、政宗ルートなヒロインは昔秀吉が好きだったと言う事で。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!失礼します。
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