夕刻。
紫色のほの暗い闇。
空を薄っすらと覆う雨雲。
は天守で一人、いつもの如く空を仰いでいた。
僅か憂いがかった彼女の横顔。
そこにまた、いつもの如く政宗が背後から声を掛けてくる。
「、お前の姿が見えぬと思えば、やはりここに来ていたのか。」
「政宗様、私をお探しだったのかしら?」
「フン、わざわざ探すまでもないわ。
この場に来れば貴様が居る事は安易に想像できる。」
そう言った彼は、の隣まで歩を進めた。
彼女は手すりを背にし、寄りかかると、政宗を見つめてただ小さく笑う。
彼は僅かに眉間にしわを寄せ、再び口を開いた。
「それで、お前は一体何を思案することがあるのだ?」
「・・・え?何よ、急に。」
「以前言っておったであろう、この場に足を運ぶのは、何事か思う所がある時だとな。
まぁ、貴様如きの考えだ・・・下らん事に違いなかろうが・・・。
このわしが聞いてやると言っておるのだ、さっさと言え。」
ほぼ命令に近い口調で彼は言った。
はそんな彼の言葉に苦笑と共に肩をすくめる。
そして瞳を伏せると、小さな溜息を吐いた。
「別に物思いに耽っていたって程でもないのよ・・・。
ただ、そうね、ほんの少し、らしくないことは考えたと言えば考えたかしら・・・。」
「フン、何だその曖昧な言い回しは。」
「大した事じゃないのよ。・・・大したことじゃ・・・・・・・。」
は視線を落したまま繰り返す如くしてそう口にした。
政宗は眉間のしわを更に深め、再度、答えを促す。
「ならばさっさと申してみよ。わしの側でその辛気臭い顔を晒すでないわ、馬鹿め!」
「・・・・・・ふふっ、あんたってホントに・・・・・・。」
言いかけた彼女は、そこで言葉を切り、視線を上げた。
そして、を見下ろしている政宗と瞳を合わせる。
「聞き流してくれるわよね・・・?本当に、らしくない事言うわよ?」
「話を聞かねば先には進めぬ。その後でなくば約することは出来んな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼の返事には無言で彼を見つめ続け、
やがて更に少々長めの沈黙の後、口を開いた。
「ずーっと、先々のことよ・・・。いつもはあんまりそう言うことは考えないんだけど・・・。
政宗様・・・あんたは絶対に天下を取る・・・、それは全く疑っては居ないわ。」
「フン、当然よ!」
「ええ、そうね・・・。それで・・・・私が考えたのはその先のことなのよ・・・。
つまり、あんたが天下を統一した・・・その後、私は・・・どこに居るんだろう?・・・って・・・・。」
話をしながら、彼女は視線を政宗から空へと移した。
今や空には厚い雲が垂れ込め、すぐにも雨が降り出して来そうな状態だった。
「、よもやお前はわしの下から離れるつもりではあるまいな?」
明らかに不機嫌な様子の政宗が問い返す。
は苦笑と共に返事を口にした。
「・・・え?・・・ふふ、そんな顔しないでよ。言ったでしょう、ずっと先の話で・・・、
しかも聞き流して欲しい程度の話よ・・・。」
「・・・ならん・・・!わしは認めぬぞ!!
例えどの様な理由であろうと、このわしの側を離れようなど、許さんからな!」
語調を荒げた政宗が、不意に彼女の腕を掴む。
は驚いた様子で彼に視線を向けた。
彼女の腕を掴んでいる政宗の手が、小刻みに震えている。
「政宗様・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
――政宗、お前は色々と背負い過ぎてる、
を受け止められる身軽さはお前にはない、そうだろ?――
刹那。
政宗の脳裏に去来する、いつしかの孫市の台詞。
彼は知らず知らず眉根に寄せたしわを深めた。
やがて、彼は掴んだ彼女の腕を乱暴に引き寄せ、自らの胸に押し付ける。
「・・・お前にとってわしと言う存在は何だ?」
「・・・・・・・・・・・え?」
政宗に投げかけられた問いに、は彼の腕に抱かれたまま、顔を上げた。
彼らしからぬ何かに怯えた如く陰りの見えるその表情に、
は片手を伸ばし、頬に触れる。
「政宗様、あんたを不安にさせるつもりなんかなかったわ。
ううん・・・私の言葉にあんたがこんなに動揺してくれるとは思っても無かった・・・。」
「フン・・・、馬鹿め!わしは動揺などしておらぬ!」
「ふふ・・・、そう?だけど・・・少なくとも私を欲してくれてるのよね?」
政宗の頬に白い手を触れ合わせたまま、彼女は口元をほころばせて言った。
ジッと見上げるの視線を、彼は顔を顰めて僅かに逸らす。
「貴様と言う女子にはまったく呆れたわ!」
「いい返事ですこと。・・・じゃあ私が言わせて貰うけど・・・・。」
言葉を紡ぎながら、彼女が微かに踵を上げ、政宗との距離を縮めた。
それと共に互いの息が吹きかかる程近く、顔が寄せられる。
政宗は微動だにせず、それを受け入れた。
「私は政宗様を欲しているわよ?」
紅く扇情的な唇が囁きかける様にそう彼に告げた。
「この竜を相手にすると申すか・・・?わしは容赦なく貴様の全てを奪い尽すぞ。」
「・・・大人しく喰われるだけの女じゃないってことは・・・もうご存知でしょう。」
妖しく笑んだ彼女の唇。
政宗はその紅い唇を自らの唇で荒々しく塞いだ。
刹那。
合図の様に空から雨粒が落ち始める。
それはすぐに本降りと化し、二人の体を濡らしていった。
されど彼らが身を離す様子は無い。
雨で濡れている互いの唇に幾度も喰らいつき、より深く濃い口付けを交わす。
やがて重ねた口内で響く艶かしい水音。
政宗の手が濡れて重みのある彼女の衣服を滑っていく。
そして、指先に触れたの腰紐を躊躇い無く一気に解いた。
雨に濡れた衣服は彼女の肌に張り付いている。
彼はの着物の胸元を大きく広げさせ、その白い肌に流れる雨の雫に唇をつけた。
彼女は手すりに僅か重心を預け、政宗の体に腕を回す。
「フン・・・大した女子よ・・・、・・・。
この戦中にありながら・・・お前の体は傷さえついておらぬわ・・・。」
「腰骨の辺りに大きな古傷があるわ・・・。」
の返事に、彼は彼女の衣服を半ば剥ぎ取る如くの勢いで、更に大きく肌を露出させた。
そして彼女の言葉どおり、腰骨付近に刀傷を目にする。
「・・・・・・古傷と言えど・・・それ程昔でもあるまい・・・・。」
「ふふ・・・よく分かったわね。織田信長に・・・雑賀の村を焼かれた時の物・・・。
魔王自ら頂いた傷よ・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
皮肉めいた口調でそう言い、は美しい唇を歪めて笑んだ。
政宗は動きを止めた一瞬の後、その傷に屈みこみ、なぞる如く舌を這わせ始める。
「妖刀の傷跡か・・・・・小賢しい程にくっきりとついておるな・・・。」
「そうね・・・あの後・・・、秀吉兄上が助けてくれなければ・・・、
きっと私は・・・命を落していたわ・・・。」
彼の舌の動きに反応し、は半ば掠れた声で答えた。
「・・・!」
「何・・・?」
彼女の名を呼んだ政宗は、身を起こすと真っ直ぐに彼女を見据え、更に口を開いた。
「閨にあってもいいこの状況で・・・わしの前で他の男の名を口にする等・・・、これ以上は許さんぞ。」
「・・・ふふ、そうね、確かに無粋だったわ。御免なさい・・・。政宗様・・・・・・・。」
返した彼女の白くしなやか指が政宗の頬に触れる。
そして彼女は最早雨でぐっしょりと濡れた互いの体を再び密着させた。
肌を晒したままのの豊満な胸の膨らみが、雨で張り付いた政宗の衣服に体温を移す。
彼の欲が更なる増幅を開始したその直後、彼女が不意に身を離した。
「・・・政宗様・・・兄上が向かってきてる・・・。」
「・・・・・・!?孫市だと?」
「ええ・・・残念だけど、今日はここまでね。」
苦笑じみた笑みと共に、は肌蹴たままの濡れた衣服を素早く整えた。
その姿に政宗は不機嫌な様子で眉間にしわを寄せる。
「今宵は女子を招いての酒宴だと聞いていたのだがな。
よもやそれを捨て置いてまで、孫市がこの天守に足を運ぶとは・・・。
・・・よくよく妹離れの出来ぬ男よ。」
雨の雫をポタポタと床に落し、二人は並んで天守の室内へと歩を進めた。
「否定できない所が辛いわね。私の事に関しては・・・驚く位野暮になれる人よ、兄上は。」
は肩をすくめて見せながら言った。
程なく、天守を駆け上がって来たらしい孫市が、息を切らして二人の元へと姿を現す。
「ま・・・政宗・・・!・・・!お前らこんな所で何をやってるんだ!?」
「フン・・・。」
孫市の問いに答えず、政宗はただ鼻を鳴らした。
は小さな溜息を吐く。
「兄上こそどうしたの?今日は久し振りに綺麗どころに囲まれるんだって、喜んでたじゃないの。」
「誤魔化すんじゃねぇ!!まさかお前らもう・・・。」
「馬鹿め!下らん事を抜かしおって!わしはもう降りるぞ!」
苛立だしげな口調と共に、政宗は足早に孫市の側を離れ、階段へと向かう。
その背に孫市が何事か声を掛けたが、彼は無言でその場を去った。
「くそ!政宗の奴・・・・。」
「兄上、私も行くわ。このままじゃ風邪を引くかもしれないから。」
「何!?おい、、ちょっと待て!」
彼の制止の言葉も聞かず、は階下へと足を運ぶ。
慌てた様子で彼女を追いかけた孫市は、その肩を掴むと再び問いただした。
「!お前ら本当に何も無かったんだな!?俺はお前の答えを信じるぜ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そうね、無かったと言えば無かったわ。」
「って、その間は何だ!?普通に怪しいじゃねぇか!」
ピタリ。
不意に、が足を止める。
彼女は肩にある兄の手をそっとそこから離しながら、にっこりと微笑みを浮かべた。
「兄上が現れなければ、例え雨に濡れても体を温める事は出来ていたと思うわ。」
「何!!??」
の意味深な台詞に、瞬時、孫市の顔色が変わる。
彼女はそれを如何にも楽しげに眺め、やがて、素早く天守の階段を下りていった。
(終わり)
後書き
政宗君、未遂に終わりました(苦笑)左近も三成も順調に終わったので、
彼には孫市でディフェンスをかましてみました。
単に私がシスコン孫市と政宗の絡みを書くのが好きなだけなんですが(笑)
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。失礼致します。
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