「・・・意味が分からないわ、三成様。」
「貴様との契約期限は切れた、これより先はどこへなりとも行くがいい。」

三成によって唐突に告げられた言葉に、は彼の真意を測る如くジッと見つめた。
そして、やがて小さな溜息と共に口を開く。

「この関ヶ原での挟撃、私には参戦を許さないと・・・そう言う事かしら?」
「・・・許す許さぬの問題ではない。、貴様はもう俺の護衛武将ではあり得ないのだからな。」

淡々と語る彼に、彼女は不意に唇を僅かに緩めて笑った。

「本当ならね。だけど残念、契約は続行、ほぼ無期限でね、三成様。」
「・・・・・・・・・・・・何だと?」

ピクリ。
努めて冷静に言葉を紡いでいた三成の眉間が、彼女の言葉に反応する。
は敢えてそれに気付かぬふりをして先を続けた。

「私がおねね様に頼んだの。
おねね様も『きっとうちの人もそれを望んでる。』と仰って下さったわ。
因みに左近殿の下につくことになるんですけれどね。」

三成は、そう言い終えた後に肩をすくめて見せている彼女を一瞥し、
傍に控えていた左近に視線を向けた。

「・・・・・・・・今の話、真実か、左近。」
「ま、そういうことですな、殿。」

悪びれた様子も無く答える左近に、三成は益々眉間のしわを深める。

「何故俺に話を通さなかった。」
「俺は話すつもりでは居たんですがね、
ねね様に説教喰らった上に殿に頼み込まれちまったんですよ。
それに今回の戦、腕のいい武将は多い方がいい。そうじゃありませんか?殿。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

圧倒的な劣勢。
誰の目にも明らかな兵力差。
画餅。
三成や兼続達の苦肉の策。
そしてそれさえも左近にそうまで言わせた程、西軍の状況下は苦しいものだった。

「三成様。」

は静かな声で彼の名を呼び、真っ直ぐに此方を見据える。

「言った筈よ、私も貴方の心根に惹かれた者の一人だと。
貴方が何と言おうと私も参戦するわ。
大一大万大吉・・・その文字を背負う者の一人として。」

言った彼女が唇に微笑を湛える。
それは彼女が豊臣勢に加わった頃から何ら変わらぬ、
少女の様な幼さを残した笑顔だった。

・・・お前は・・・・。」
「殿に最高の天下餅を俺達でついて差し上げますよ。
じゃ、俺は他にもやる事があるんで席を外させて頂きますぜ。」

ニヤリ。
左近はそう言い、口角を上げて笑う。
そして彼は二人に背を向けその場を離れた。
その背中に視線を移したまま、が再度、口を開く。

「三成様、戦が始まる前にひとつ、約束してくれるかしら?」
「・・・・・・・・・・何だ?」
「この戦が終わったら、私に今までで最高のご褒美を頂けない?」
「・・・・?褒美だと・・・?何が欲しい。」

彼女の心意を測りかね、三成は僅か怪訝そうな表情を見せた。
不意に、は彼に瞳を向ける。
そして艶のある唇に笑みを浮かべ、先を続けた。

「三成様、貴方との一夜を。」
「!?」

予期し得なかったその台詞に、彼は瞬時に瞳を見開いて彼女を見つめた。
はそんな彼の反応を楽しむかの如く、更に口角を上げる。

「貴様・・・今我々がどの様な局面にあるか分かって言っているのか?」
「承知の上だからこそ、よ、三成様。
この戦・・・勝利して生還したその暁には・・・約束、してくれる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

平生、彼女が三成をからかう時分と変わらぬ物言い。
だが、見つめ合うその瞳は口調とは裏腹に真摯なものだった。
この戦の重さを、理解しているからこその、瞳。
圧倒的不利と言う、この西軍の状況下を。

「大方、俺がお前の要求を退けたとて、お前はそれを通すつもりだろう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうでもないわよ?さすがに、今回ばかりはね。」

クスリ。
小さく笑うと、肩をすくめては答えた。
それは先程までの艶やかな笑みではなく、
悪戯を見付かった童女を思わせる幼い表情だった。

「この重大な局面の戦で、こんな下らぬ話を持ち出されるとはな・・・。
フン、だが・・・、お前らしい・・・・・・・・。」
「ふうん?そう?で、三成様、お答えは?」

返事を促す彼女に、三成は合わせた視線を僅か逸らす。
視界を遮る霧が二人の間を漂った。
家康の自信に満ちた布陣。
既に劣勢の西軍。
三成は瞳を閉じ、暫くの後、再び彼女へ視線を移す。
ゆっくりとの傍へ歩を進めると、武人とは思えぬその華奢な肩に手を触れた。
至近距離まで詰めた事で、彼女から放たれる甘い芳香が彼の鼻腔を掠める。
この場には余りにも似つかわしくない、華の香り。
されど凛としたこの華は、戦場でこそ美しく咲き誇る事を、三成は最早良く理解していた。

「この戦・・・勝利した暁には・・・・・・・・」

彼はそこまで口にした後、その唇で彼女の艶やかな唇を塞ぐ。
は抵抗を見せることはなく、自ら彼の体に細い腕を絡ませた。
三成の舌がぬらりと彼女の唇を割り、入り込む。

彼はこの戦と契約期間終了を機にを手放そうと心に決めた筈だった。
そして、己の彼女を欲する強い想いに気付かぬ振りを最後まで貫き通そうと心に決めた筈だった。
だが。

「・・・ふ・・・っ・・・」

彼女の唇から零れ出る甘やかな声。
三成はの腰に腕を回し、更に強く彼女を抱きしめた。

数刻後には互いに激戦の最中にあるだろう。
散る、命の数は計り知れず、彼ら自身の生還も全く保障出来ない。


―愚かだな・・・・・・・・・・・。


彼は心の内で自嘲気味に哂った。
否定し続け、気付かぬ振りを装った、彼女への好意。
それを今、この苦境で思い知らされた事を、皮肉に思えてならなかった。

唇を離し、三成は彼女の肢体を強く抱きしめる。
そして耳元で囁くように告げた。


「・・・この戦・・・勝利した暁には、
、貴様の言い分を聞き届けてやらんでもない・・・・・・。」


「・・・三成様・・・。」

半ば驚きを隠せぬ声音では彼の名を口にした。
やがて彼女はゆっくりと彼から距離を取り、微笑と共に言った。


「私との契約期限を延長したこと、きっと感謝させて見せるわ。
あんたの築く義の世・・・この目で見届ける。この先、何があろうとね。」


三成は僅かに目元を細め、口元に笑みを浮かべてそれに応える。


霧に包まれた関ヶ原。
風にはためく大一大万大吉の幟。


開戦の時は、刻一刻と迫っていた。



(終わり)




後書き
あはは、うふふ、いきなり関ヶ原の戦いまで話ぶっ飛ばしてしまいました。
前回の『朧月夜の宴』は今回の『約束』より大分前の話ってことで、
一応その間の話も書いていくつもりです。
ただ・・・以前からずっと頭にあったので、
どうしてもこの話が書きたい衝動に駆られてしまい、シリーズってそんなものよ!
と、一人勝手に納得して書いちまいました(笑)戦後の話も書きたいですねー。
微エロ程度で。予定は未定ですけどね、はっはっは!
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。失礼します。


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