「フン、貴様に舞などと言う女らしい芸当が身についていたとはな。」
「ふふ、驚いた?出雲出身の知り合いから教わったのよ。
とは言っても、少しかじった程度だから自信はなかったんだけどね。」

三成の言葉に答えた彼女は、そう言って肩をすくめて見せる。
戦の勝利を祝う宴。
その中で彼女は秀吉に請われ、舞いを披露したばかりだった。

「いやー!いつ見ても見事な舞いじゃなぁ!
儂は思わず惚れ惚れして魅入っておったぞ!」

彼女が座へ戻った直後、秀吉が二人の元へと足を運び、満足げに声を掛けてきた。
彼は咄嗟に立ち上がろうとする三成とを片手で制し、の隣に腰を下ろす。

「お褒めに預かり光栄です。秀吉様、お酒、お注ぎしましょうか?」
「おぅ!頼む。で、三成、どうじゃ、の舞いを見た感想は?」

杯を彼女の方へと寄せ、酒を注がれながら、秀吉はニヤニヤと、
口元に笑みを浮かべて三成に尋ねた。
三成の口からへの賞賛の言葉を期待している秀吉の心意を読み取った彼は、
不機嫌に眉根に僅かしわを寄せた後、口を開いた。

「見られぬ程ではないかとは思います。」
「はは!よぉ言うたもんじゃなぁ、三成。儂にしてみれば最高と言ってもいいぞ!」
「褒めすぎよ、秀吉兄上。最近兄上の口ぶりが移ってきたみたい。」

はそう言って苦笑すると、手元の杯をゆっくりと傾ける。
秀吉は彼女の杯が空になったのを確認すると、
すぐにまたその杯に酒を満たした。

「儂は世辞を言っとるつもりはないぞ、
それにお前はここに来て以前よりグッと女っぽくなっとるしなぁ。
また側室の話、持ち出したいところじゃ。」
「・・・・・・・側室・・・?」

秀吉のその一言に、杯を口元へと運ぼうとしていた三成の手が止まる。
更に、それと同時に彼の眉間がピクリと一瞬反応を示した。
は秀吉の言葉を真剣に受け止めた様子は無く、半ば呆れた如く溜息を吐く。

「・・・秀吉兄上、また古い話を持ち出して・・・。」
「いや、あれは孫市が反対してなけりゃ儂は・・・・「儂は、何だい?お前さま?」

フッ、と、気配すら悟らせることなく唐突に秀吉の背後に現れたねね。
彼女はいつの間にか仁王立ちする様にして両腕を組み、彼を見下ろしていた。

「ひぇぇ!!ねねっ!!違うんじゃ!!儂はただ・・・!」
「お前さま!!あれ程浮気は駄目だって言ってるのに!!
よりによってに手を出そうってのはどう言う事だい?
しかもずっと昔に振られた筈じゃないの!」
「いや、だから・・・儂は・・・・!」

恐ろしい剣幕のねねにおされ、秀吉はしどろもどろになりながら、
助けを求めて三成に視線を向ける。
三成は小さく溜息を吐くと、ゆっくりと立ち上がり、ねねへと言葉を発した。

「ねね様、宴席で暴れられては周囲の者が普通に迷惑です。」
「何だい?三成、あたしは暴れちゃいないよ。」
「これから暴れる予定なのでしょう。
秀吉様に説教をするつもりならば、場所を変えてください。」
「・・・・・なっ何ぃ!!??三成!!お前余計なことを!!」

ねねと三成のやり取りに、更に自らの状況が悪化したことで秀吉は慌てた様子で立ち上がる。
が助け舟を出そうと口を開きかけたが、三成はそれを瞳で制した。

「そうだね・・・。じゃあ皆、存分に楽しむんだよ!あ、でも飲みすぎは駄目だからね!
お前さま、さぁ、こっちでお説教の時間だよ!」
「ねね〜違うんじゃぁぁ、儂は・・・・!!」

秀吉の悲痛な叫びと共に、二人は宴席会場から外へ向かって去っていく。
三成はそれを呆れた様子で眺めた後、腰を下ろしたままでいるに視線を移した。
彼女は秀吉夫妻の背中を見つめ、クスクスと小さく笑い声を立てている。

「何がおかしい?」
「え?ああ、だって、まさか私が浮気相手になるなんて思いもよらなくて。
秀吉兄上って本当に女関係では全く信用されてないのね。
まぁ、あれ程ご側室が居れば仕方もないけど。」
「・・・・・・、貴様もその一人になる予定だったのではないのか?」
「・・・・え?」

半ばふて腐れた如くの声音で言った三成の台詞。
は驚いた様に彼を見上げる。
下から見上げる彼は、明らかに不機嫌な様子だった。
だが、そこで彼女はふっ、と、笑みを零して口を開く。

「ねぇ、三成様。もしかして、それはヤキモチと言うやつかしら?」
「なっ・・・!ふざけたことを言うな!俺はそんな下らぬ感情等持ち合わせてはいないぞ。」
「あら、それは残念ね。」

答えた彼女は、また楽しげにクスクスと声を立てて笑った。
三成はから視線を逸らした後、
眉間に寄せたしわを更に深めて彼女の側から離れる為に歩を進め始めた。

「三成様・・・!」
「不愉快だ、俺はもう戻る。」

彼は呼び止めた彼女にそう言い放ち、言葉通り、宴席を後にした。

「・・・これはやっぱり追いかけるべきかしら、ねぇ?左近殿。」
「ああ、そうした方が良さそうだ。」

三成が去った後、ほぼ同時にその場に姿を見せた左近。
彼は三成、らと共に語らう為にこの座に足を運んだが、
彼らの話の内容から少々離れた所から今の光景を見ていた。

「あれはヤキモチを妬いてくれてるのよね?
ふふ、実はそれが嬉しくて笑ったんだけど、逆に怒らせたみたいだわ。」
「殿は元々感情表現が苦手なお方だ、色恋沙汰に関しちゃ特にな。ま、そこがいいとも思うんだがね。」
「さすが左近殿、よく分かってるわね。じゃあ、私は行くわ。」

言って、立ち上がった彼女は、宴の会場の襖を目指し歩き始める。

。」

不意に、左近はそれを呼び止めた。

「何?」
「さっきの話は本当かい?大殿の・・・。」

周囲の耳を気にしたのか、彼は最後の言葉を濁した。
はそこでふっ、と、口元をほころばせた。

「もう終わった話よ。」

そう返事をし、彼女は再び左近に背を向け宴会場から出て行った。
残された左近は、口元に苦笑じみた笑みを浮かべる。


「殿も厄介な娘さんに惚れちまったもんだぜ。」


の容姿と性格は、彼女が望む望まざるに関わらず、周囲の者達を惹きつけて病まない。
それは恐らく彼女が想いを寄せるたった一人の者を選んだとしても、
彼女が彼女である限り、この先変わる事はないだろう。
左近自身も、に心揺り動かされた男の中の一人なのだと言う事を、
彼はよく理解していた。
だがそれでも、左近の三成への友情にも近い忠義は、
彼女に対する想いを抑制することを選んだ。


「困った娘さんだ・・・・。」


独り言を呟き、彼はその場に腰を下ろすと、手酌で杯に酒を満たし始めた。




が三成に追いついたその場所は、中庭を一望出来る長い廊下の途中だった。

「三成様・・・。」
「・・・・・フン、何用だ?」

彼の名を呼び引き止めた彼女に、三成は振り返りもせずにそう問う。
が彼の後を追ってきた事に、彼はその気配から少々前に気付いていた。
だが、敢えて彼女自身が声を掛けてくるのを待っていたのだ。

「少し話をさせて貰ってもいい?」
「・・・そのつもりで俺を呼び止めたのだろう、手短に済ませろ。」
「了解・・・・・・・、素直じゃないんだから。」

苦笑して最後の言葉を小さく付け足すに、三成はジロリと視線を返す。

「何か言ったか?」
「いいえ、じゃ、話をさせてもらうけど・・・ちょっとここに座らない?」
「・・・いいだろう。」

二人は庭を眺める形で廊下の隅へと腰を下ろした。
は柱に寄りかかり、空で輝く半月に目を向ける。
やがて静かにその口を開いた。

「さっきの秀吉兄上の言っていた私を側室に迎えようとしてたって話だけど、あれは本当よ・・・。
もうずっと以前の話、少なくとも私も秀吉兄上も過去としか思っていない話だけど。」

三成は話を始めた彼女に言葉を挟む事無く、ただ無言で耳を傾けていた。
そしては更に先を続ける。

「・・・正直、秀吉兄上にその話を出されたとき、凄く悩んだわ。
秀吉兄上の事は本当に尊敬しているし、それに、大好きだったから。
でもそれが・・・男としてなのかは・・・あの時の私にはよく分からなかった・・・。」

そこで彼女は小さく吐息を漏らし、
月に向けたままの視線で、遠い過去の記憶を辿っているかの如く、
その茶色がかった艶のある美しい睫の下の瞳を、僅か細めた。

「それから一月近く考えに考えて・・・・・・・・、
だけど・・・・兄上の反対や、身分の差、側室と言う立場になる重さ、
そういう色々なものを全部差し引いてしまって考えても、
どうしても踏み出せなかった・・・。」

三成にはそう語る彼女の色素の薄い瞳が、
遠い過去の彼女自身の姿を映している様にも見えた。

「それで気付いたの、私は秀吉兄上に兄上と同じ物を求めているんじゃないか・・・って。
自分でも少し驚いたけど、間違ってはいないかったと思うわ。
そして私はそれをそのまま秀吉兄上に告げた・・・。」


―孫市に何と言われてもが欲しい・・・と、言えんかった儂も、
どっかでお前の答えが分かっとったんかもしれんなぁ・・・。―


「・・・・それが秀吉兄上の答えだったわ。その後は私も秀吉兄上も吹っ切れて、
今まで通り・・・・。ううん、それ以上に秀吉兄上はよくしてくれた。
・・・・・・・・・そう、妹として、ね。」


話を終えた彼女はそう締めくくると、微笑と共に三成へと視線を移す。
艶やかな唇は満足そうに更に言葉を紡いだ。

「手短に済んだかしら?三成様、あんたにはどうしても話しておきたかったのよ。」
「フン・・・俺には関わり合いの無いことだ。」
「そう?その割には三成様ともあろうお方が最後まで話を聞いてくれたわよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「プッ!!」

三成がふて腐れた如く眉間にしわを寄せると、はその様子に堪らず吹き出した。

「なっ!、貴様は・・・!」
「あははは、御免なさい。あんたって、実は普通に分かり易い男なんだって、最近気付いたわ。」
「・・・・・・・俺はそこまで単純な愚か者ではない、不快だ。」
「あら、別に単純だなんて言ってないわ、ただ分かり易いって言ったのよ。
ああ、そうね、分かり易く感じるようになったって言うのが正しいのかもしれないけど。
例えば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

言いかけた彼女は、そこで言葉を紡ぐ事を止め、不意に三成の側へと身を寄せた。
そして、至近距離から彼を正面から見据えると、
のその艶やかな唇が誘うような扇情的な笑みの形を取る。

「っ・・・何をする気だ・・・!?」

動揺を隠せぬ彼は、身を交わす如く彼女と距離を取ろうと後ろへ下がった。
その様子に、未だ吐息が吹きかかりそうな程に近い位置にある彼女の顔が、
更に楽しそうに微笑を浮かべる。

「今夜の月明かりはとても明るいわ。
ねぇ、三成様・・・、以前、あんたから私に口付けをくれたことがあったけど、
あの時はお互いの顔が見える程辺りは明るく無かったわね?」
「回りくどい言い方をするな、何が言いたい?」
「三成様は私よりもずっと照れ屋で不器用な方だから、
今夜のようにハッキリお互いの顔が見える状況で、貴方から口付けは無理でしょうね。」

言い終えたは、彼を更に挑発する様に、
その繊細でしなやかな指先を彼の色素の薄い髪へと絡ませた。

「・・・俺の口付けを欲しているのはお前の方だろう、
素直にそう口にすれば、くれてやらんこともない。」
「・・・ふふ、あらあら、これは一本取られたかしら。
でも、このまま私からすると言う選択肢もあるのよ?」

指先をスルスルと三成の髪に滑らせながら、彼女は再び扇情的に口元をほころばせる。
月明かりに照らされたのその姿は、まさに『妖艶』と言う言葉こそがよく似合った。
湿り気を帯びた彼女の甘い吐息が三成に吹きかかる度、
彼の脳内を酒に酔った様なふわふわとした感覚が襲う。
が僅かに腰を浮かせて自ら唇を彼の唇へと近づけた、その刹那。
三成は彼女の細腰に腕を回し、その赤い唇に喰らいついた。
既に灼けつく様に熱を含んだ互いの吐息が、口内で満たし、喉を焦がしていく。
ぬらぬらと生き物の如く蠢く三成の舌は、の舌に絡みつくと、強弱をつけて吸い上げた。
交じり合う唾液はとろとろと甘い蜜を思わせる。
幾度と無く互いに噛み付く様に口付け、重ね合わせた唇から溢れた雫を、
は指先で拭って舐め取った。
生温く、とろりとした半透明の液。
彼女の濡れた唇がチロリと紅い舌を見せて三成の顎から唇に掛けて這う。
やがてはゆっくりと彼から身を離した。
三成はその彼女の様子をジッと見つめた後、僅かに口角を上げて微笑すると、
立ち上がってに背を向けた。


「やはり秀吉様はお前を側室に迎えなくて正解だったな・・・。
あの方にお前の様な性質の女を扱えるとは思えぬ。」

「それは、三成様なら扱えると言う意味?」

問うた彼女を、三成はチラリと一瞥する。
だがすぐに彼はまたに背を向けた。


「当然だ。」


一言、告げる。
やがて三成はそれ以上は語らず、彼女を残してその場を後にした。
は彼の姿が消えるのを見守った後、一人、小さく笑い、呟く。


「秀吉兄上ったら・・・本当によく分かってるわ、三成様のこと・・・。」


秀吉が三成を前に敢えて持ち出した今は既に過去となった筈の話題。
それは、秀吉なりに二人の後押しの意味を含んでの所業だった。


だが、三成はそれを知る由もない。


(終わり)



後書き
なっがい!!しかも左近の登場結構無意味でしたね。はっはっは!単なる趣味です。
秀吉とねねのやり取りは書いていて楽しかった・・・。
そして今回も押せ押せなヒロイン・・・。
このヒロインで幸村か兼続も書いてみたい気もしますが、
きっと結果は彼女優位なんだろうな・・・。幸村なんて特に(大笑)
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!


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