「泣いてるのかい?・・・。」
深夜。
窓辺に佇み月を眺めていたに、
つい今し方目覚めたばかりの左近が声を掛けた。
行為直後の熱は互いに既に冷め、周囲には静かな空気が流れている。
は襦袢に袖を通したのみの姿で、
窓から覗く三日月がほの白い光で彼女の肢体の輪郭を縁取る如くして照らしていた。
それはさながら彼女の心情を察した月が、
優しくを包み込んでいる様にも左近には見えた。
暫しの沈黙の後、彼女は視線を左近へと向け、口を開く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・もう泣かないわ・・・・。
さっきは悪かったわね・・・・・・・みっともなく取り乱したりして。
・・・・・・・もうそろそろ出ないと・・・。有難う、左近。」
言い終えると同時に、彼女は畳に脱ぎ捨てられたままの自身の着物を拾い上げた。
だが、床から立ち上がりの側まで近付いた左近にその手を掴まれる。
「・・・・・・・・左近・・・。」
「まだいいだろう、あんた、明日はまだ休暇の筈だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええ、そうよ。だけどこれ以上ここに居たら―――」
―パサリ・・・。
の手にある着物が静かな音と共に畳の上へと落ちた。
左近が彼女の手を強引に引き寄せ、自らの胸に彼女を押しつけたのだった。
「放して、左近・・・!私はこれ以上あんたに甘える訳にはいかないわ。」
「いいや、放せないね。どうしても俺から放れたければ、自力で振り払えばいい。
さすがに必死で拒絶する女を無理に抑え込む趣味は俺にもないんでね。」
「・・・・・・・・・・・っ!あんたは・・・・!」
言いざま、は拳でドンと彼の厚い胸板を叩く。
しかし、彼女はすぐに自身の額をその場へ押し当てた。
の肩が小刻みに震え、常の彼女からは想像も出来ぬ程にか細い声で先を続ける。
「・・・・・・・・・左近・・・私はあんたを利用してるんだわ・・・。
自分の寂しさを埋める為に・・・、あんたに甘えてる・・・。
これ以上・・・私を惨めな女にしないで・・・・・・・・・・・。」
「あんたになら、利用されても本望ってね・・・。
俺が望んでこうしてるんだ、こんな時位、甘えとくもんだぜ。」
耳元でそう囁き、左近はの細腰に強く腕を絡ませる。
彼女は大人しく彼に従い身を預けた。
そこに平生の気丈な彼女の姿はない。
左近の腕に抱かれたは、儚く頼りなげで、酷く脆い存在のように彼には思えた。
「・・・・・何が起きても受け入れられる心を手に入れたと思ってたのに、
とんだ思い上がりだったわ・・・。2年も前に死んでしまったあの人のことで、
あんなに動揺して泣き喚くなんて思いもしなかった・・・・。
闇椿が聞いて呆れるわ・・・。こんなに弱くて愚かなただの女なんてね・・・。」
「弱くて愚か・・・大いに結構・・・。あんたはもう少し他人に頼る術を身に着けた方がいい。
――――・・・・・俺としては、今でもにそこまで想わてるその彫師が羨ましいがね・・・。」
言いながら、彼は愛しむ如く、の胸元に咲く鮮やかな椿の花に口付を落とした。
密着し合った肌と肌が、薄布を通して互いの体温を伝え、
温かく彼女の心と体を癒していく。
「・・・あんたっていい男ね、左近・・・・・。」
「へっ、今頃気が付いたのかい・・・?だが、俺の優しさは下心付きだ。
それに当然誰にでも優しい訳じゃない。」
左近は少々おどけた口調でそう口にすると、瞳を細めて笑みを浮かべた。
それに応える形では微かに微笑して見せる。
「・・・、さっき俺はあんたに他人を頼る術を身に着けるべきだと言ったが、
あれは間違いだ。」
「・・・・・・・・・・・?」
「他人でなく、俺だけを頼ってくれ。俺の前でなら、どんなに泣き喚いてくれたっていい。
いつだってあんたの為にこの胸貸してやる。」
「左近・・・・・・・・・・・・・。」
は一瞬瞳を見開き、彼を見上げる。
やがて、唇を微かに歪めて言葉を紡いだ。
「馬鹿な男・・・。」
「はははっ!ついさっきはいい男だと褒めてくれた筈だが・・・。
ま、そうだな、俺はあんたの前じゃ馬鹿な男になっちまってるみたいだ。
そこは大人しく認めるとしますかね。」
彼女を腕に抱いたまま豪快な笑い声を上げ、左近は言った。
は彼の背に回した手に力を込め、半ば縋りつく如くとしてその身を寄せる。
左近は彼女の艶やかな髪に唇を押し当てた。
「今はまだ、あんたの愛したその彫師程、
あんたの体も心も包み込んではやれないかもしれない。
だが忘れないでくれよ、
俺は必ずその男を超えてあんたを俺に振り向かせてみせるぜ。」
どこまでも優しく、そして熱の籠った声音で彼はそう囁いた。
は小さく吐息を漏らす。
「左近・・・・・・・・。」
「ま、今のあんたには愛の囁きよりも心と体を休めることの方が必要だろうね。
俺の腕の中の寝心地が最高なのは知ってるだろ?
せめて夜明けまでは眠っていきな。」
「・・・・・・・・・・・了解、お言葉に甘えるわ。」
彼女が素直に頷くと、二人は再び共に同じ床に着いた。
互いに身を寄せ合い、は左近の胸に顔を埋める。
「・・・・・・・・・・・・・左近。」
「ん?」
「――――――――――――――――ありがとう。」
半ば呟き程度の声音で彼女は左近に告げた。
は未だ彼の胸に顔を寄せたままで、此方から表情を窺い知ることは出来ない。
左近は彼女の唇に激しく口付を与えたい衝動に駆られたが、それをどうにか押し留めた。
代わりに幼子を宥める父親の如く、その背中をそっと撫でてやる。
やがて彼女は安堵したかの様に、規則正しい呼吸音と共に眠りに落ちて行った。
「やれやれ・・・・本当に俺は・・・馬鹿な男になっちまったもんだ。」
苦笑染みた笑みを零し、左近は一人、呟く。
その口調には、僅かながら喜びの色が滲んでいた。
(了)
後書き
か、限りなく最初に考えたものとかけ離れた話が出来上がってしもうた(笑
と言うことで、かなり久し振りの左近でしたっ。
孫市妹ヒロインとは違う感じのヒロインにしたかったのですが、
何かもう、凄く似通った感じになってしまいました(実は設定も孫市と繋がりあったりするし)
いつかこう、芯は強いけど控え目で大人しい感じのヒロインと左近を書いてみたいです。
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました。
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