「今日の宴は皆を労ってのもんじゃ!無礼講と思ってくれてええ!
存分に飲んで騒いでくれや!!」

夕刻時。
秀吉の挨拶を合図に開かれた宴は、
この上ない盛り上がりと共に、空が夕闇に包まれた今も尚続いていた。

「おう!利家、どうじゃ?楽しんどるか?」
「おお!秀吉!久々にいい酒飲めて、仲間と騒げるなんざ最高だぜ。」

言いざま、秀吉に声を掛けられた利家は、手にある杯の酒をグイと一気に飲み干した。
秀吉はその様子を満足げに眺めた後、友人である彼の肩に軽く手を置き、
少々声を落して更に続ける。

「そうか、うん、それなら良かった。
じゃが実は儂としてはこう、もっと綺麗どころを用意したかったんじゃがなぁ・・・。」

ひそひそと半ば利家に耳打ちする如く秀吉がそう口にしたその時。
その背後から彼らの良く聞き慣れた女人の声がした。

「ふぅん?聞き捨てならないお言葉ですね。秀吉様。
私達だけじゃご満足いただけないと?」

二人が同時に視線を移した先。
不敵な笑みを浮かべて秀吉らを見下ろすの姿があった。

っ!?・・・いやいやいや、違うんじゃっ、儂が言いたかったのは・・・っ。」
「ははははっ、サル、今更慌てんなって。お前の事だ、どうせ芸者でも呼びたかったとか言うんだろ。
言っとくが、俺は芸者なんかより仲間内の華の方がよっぽど嬉しいぜ。」

豪快な笑い声と同時に利家はバシバシと秀吉の背中を叩く。
はフッ、と、微かに瞳を細めて利家に瞳を向けた。

「何ぃ!?利家、儂を裏切る気かーっ!?」
「ンな事言ったって、俺ぁ嘘なんざ吐いてねぇ。本気でそう思ってんだよ。」
「あんたはよく分かっているわ、利家。
それなら私は華としてお役目を果たして差し上げようじゃない。」

彼女は唇に美しい弧を描いたまま、利家の隣へと腰を下ろした。
の左手には徳利が握られている。
彼女は僅かに身を利家へと寄せると、その繊細な白い指先で徳利を彼の杯へ傾けた。
酒の芳醇な香りと共に、甘やかな果実を思わせる香りが利家の鼻腔をくすぐる。
彼はに気付かれぬ程度の動きで、彼女に視線を向けた。
甘美なその香は、間違いなくから放たれている。
今宵の彼女は、常よりも更に露出の多い衣服を身につけており、
華奢な肩口や細くしなやかな腕が、利家のみならず周囲の男たちの瞳を惹きつけていた。

「・・・・そんな細腕でよくあの大剣手にして敵をぶった切れるよなぁ・・・、は・・・。」

半ば独り言のように口にした彼の言葉。
玲は視線を彼と合わせ、クスリと小さく笑みを零す。
彼女とは反対側に座している秀吉も利家の台詞に頷いていた。

「初めて戦場でとおうた時は、儂も驚いたもんじゃ。
闇椿の噂だけは聞いとったが、実際に目にした時ですら信じられんかったしな。
甲冑身につけとるっちゅうだけでも女子の身には負担が大きいだろうに、
涼しい顔で大剣振り回しとったんじゃからなぁ。」
「あの剣は特別よ。刀鍛冶だった父が私の為に遺してくれた物だから。
さすがに初めてアレを渡されたときは正気の沙汰じゃないと思ってたものよ。」

は苦笑染みた笑みを浮かべて答え、
自らも杯を取り出し、それを酒で満たした。

「お前さま!三成達が探してるよ。」
「おっと、儂にお呼びがかかったようじゃな。それじゃ、利家、、またな。」
「おう!」
「ええ。」





秀吉が去ったその後も、二人は酒を酌み交わしながら世間話に花を咲かせて宴を楽しんだ。
やがて宴も終盤に差し掛かった頃、がゆっくりと立ち上がって口を開いた。

「そろそろ行くわ。秀吉様には予め言ってあるんだけど、今日は早めに休もうと思ってたのよ。」
「そうなのか?そりゃ、長いこと引き止めちまってたみてぇで悪かったな。」
「いいえ、楽しかったわ。有難う、それじゃあおやすみなさい。」

僅かに瞳を細め、唇で弧を描いた彼女はそう言い残し、宴の会場の出口へ消えて行った。
利家はその彼女の背中を暫しの間ぼんやりと眺めていたが、
やおら立ち上がり、彼女を追いかける形で自らも会場を後にする。

!」
「・・・利家?」

長い廊下のその途中。
背後から利家に声を掛けられ、が振り返る。
彼は足早にに近づいた。

「部屋まで送るぜ。・・・その、もう少しお前と一緒に居たくてよ・・・。」

ボソボソとした口調で呟く利家に、彼女は微かに意地の悪い笑顔を浮かべた。

「・・・フッ、その言い方・・・、もしかして私を口説こうっての?」
「何・・・!?いや、その、そー言うんじゃねぇけど!!
いや、そうでもなくもないっつーか・・・つまり、そのだな・・・!」

瞬時、動揺を示す利家。
は片手で口元を覆い、吹きだした。

「プッ・・・・あはははははっ!そんなに本気に取らないで頂戴、利家。
いいわ、部屋の前まで送って。あっという間だけれど、構わない?」
「お、おう・・・。」

クスリ。
再びは小さく笑みを漏らし、歩を進める。
彼はそんな彼女の様子を少々複雑な表情で目にしていた。

「・・・なぁ、・・・ひとつ・・・聞いてもいいか?」

点々と火の灯されている薄暗い廊下を並んで歩きながら、
不意に利家が遠慮がちに口を開く。
つい先ほどまで飲んでいた酒の為か、の白い頬は僅かに上気しており、
薄闇にその表情は常よりもより一層色香を増して彼の瞳に映っていた。
更に、利家の見下ろす視線の先には、
適度な角度から彼女の胸元に咲く鮮やかな紅色をした艶めかしい椿の花の刺青が見え隠れしていた。

「何?ひとつと言わず幾らでも聞いて。」
「おう・・・じゃあ聞くが・・・、その・・・・お前・・・惚れた野郎ってのが・・・居るってのは本当か?」
「え?」

彼の予想外の問いに、は咄嗟に瞳を丸くする。
利家は動揺を隠せぬ様子で片手でばりばりと自らの頭を掻き毟った。

「あああーー、その・・・何だ・・・。
お前と仲のいい侍女たちから聞いたんだがよ・・・、
どうやらにゃ心底惚れた相手が居て、
・・・・だから誰から声がかかっても断っちまうらしいって・・・。」

常は快活でハッキリと物事を口にする彼だが、話の内容の為か酷く歯切れが悪い。
は微かに苦笑した。

「そんな噂が立ってたとはね。そうね、まぁ、あながち間違ってはいないわ。」
「・・・・ってこた、やっぱり・・・お前・・・・。」
「とは言え、相手はとっくにこの世に居ない男だけれどね。
自分のモンだって証拠だけ、文字通り刻みこんで、とっとと先に逝ってしまった。」
「・・・・・・逝ってって・・・そりゃ、つまり・・・・。」

口にしかけた利家だったが、すぐに言葉を濁して彼女に視線を向ける。
何所かおどけた口調で答えた彼女だったが、
の瞳の奥に底知れぬ哀しみに満ちた蔭りが生じているのを、
彼は見逃さなかった。

「実はこの刺青、ソイツが彫ったもんなのよ。
その話を少しだけした事があったから、尾ひれがついて噂が立ってるようね。」

言いざま、は片手で襟元を開いて右胸の膨らみに彫られた美しい椿の刺青を無造作に彼に見せた。

「・・・っ!!!」
「あははははっ、そんなにビビらないで頂戴よ。顔が真っ赤よ、利家。」
「うるせぇっ!大体そんな簡単に男にそんな場所見せるんじゃねぇよ!」
「あら、いいじゃない。目の保養になったでしょうに。
減るもんじゃなし、いつでも見せたげるわよ。」
「ばっ・・・・・・・・!!!!!!!!!お前なぁ!!!」

彼女はけらけらと声を上げて笑い、そこで不意に足を止めた。
の室の前に辿りついたのである。

「部屋に着いたわ。有難う、利家。あんたのお陰で楽しかった。」
「っ!!」
「?」

――グイッ

彼女の名を呼び、利家は唐突にを力強く自らの腕の中へと抱き寄せる。
利家の行動が予期せぬものだった為、
彼女は意図も容易く彼の胸へと身を預ける形となった。

「利家・・・。」
「こんだけ、一個だけ言わせてくれ!!」

彼はの肢体を抱きしめる両腕に力を込め、半ば怒鳴るような声で言った。
彼女は暫しの間無言だったが、やがて苦笑と共に答える。

「言うなって言っても言うんでしょうに。」
「ったりめぇだ!」
「フッ、ホント、根っから嘘のつけない分かり易い男。
どうぞ?但し、・・・・・・今すぐにあんたの台詞に答えを出せるとは限らないけれど、
それでも構わないかしら?」

利家がこの先続けるだろう言葉を予測してのの返事。
彼はを両腕に強く抱きしめたまま、大きく頷いた。

「ああ。」
「了解、さぁ・・・言っていいわよ。」

彼女は利家の腕から逃れることもなくその身を預けている。
宴の場でも感じていた果実を思わせる甘やかな香が、
彼の鼻腔に広がっていた。
胸元に押しつけた彼女の肢体はあくまでも華奢であり、そしてしなやかだ。
利家は小さく息を吸い込み、やがて決心したかの如く、言葉を発した。



、俺はお前に惚れちまった!」



決して大きくはない、だが、ハッキリとした声音で彼はに告げた。
腕の中の彼女が、ほんの僅か、ピクリと身を震わせて反応する。
だが、彼からはその表情を窺い知ることは出来なかった。

「・・・・・・利家。」
「ああ、分ぁってるぜ・・・・今すぐどうこうして欲しいなんて言わねぇよ。
ただ、俺は、俺の気持ちをキッチリあんたに伝えときたかっただけだ。」

言い終えた後、彼はゆっくりとを腕の中から解放する。
刹那、二人の視線が暗闇で絡んだ。


「・・・・・・今は答えをあげられないけど、そうね、私もひとつだけ言っておくわ。」
「ん?――――・・・・あ・・・?」

フッ。


は不意に踵を上げ、その艶やかな唇を利家の頬へと寄せた。
彼の頬へと押しつけられる、柔らかく、温かな感触。

「なっ!?お、おい!?!?」
「男を今より数十倍は上げて見せなさい、利家。
そして私の下らない感傷を打ち砕いて見せて。」
「―――・・・・・・・・・・・。」

ニヤリ。
は挑発的な笑みを浮かべ、至近距離から利家の瞳を覗きこんだ。

「おう!必ず男を上げてやるぜ!!」

利家が力強く頷いて答える。
彼女は僅かに瞳を細めると、そのまま彼から身を離し、
無言で自室へと消えて行った。
そしての甘やかな残り香だけが、彼の周囲をやわらかく包み込む。


「お前の心に今も棲んでやがるその男を、超えるぐれぇにな・・・。」


彼女の耳の届かぬことを知りながら、利家は呟くように続けた。
紅く鮮やかな椿の花。
紅く艶やかな椿の花。
紅く誇りある椿の花。
の想い人であった男は、彼女の胸元に彼女に最も相応しい花を咲かせた。
互いの想いが反映され、目に見える形となって遺された刺青。
その相手を超える事は、安易ではない。
だが―――――


「男を上げるぜ!!」


繰り返し、そう口にし、やがて彼はその場を後にする。
既に利家の心はその努力を惜しまぬ程に、に奪われていたのだった。


(了)


後書き
前半書いて放置してたのを急ぎ足で仕上げたので、
何だか釣り合いと言うか辻褄微妙で申し訳ないです。
取りあえず、男を上げて出直そう的な利家が書きたくて(笑)
ではでは、ここまでのお付き合い、有難うございました。


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