「政宗様、政宗様。」
「何だ?騒々しい奴め。」

深夜。
自室へ戻る長い廊下を歩いていた政宗の背後から、
慌てた様に駆け寄ってきたに、彼は怪訝そうに眉を寄せて振り返る。

「今宵は満月、その上星がとても美しゅうございますよ!」

そう続けた彼女は細い腕を政宗の腕に絡ませ、空を指差して微笑んだ。
息を乱し、胸を僅か上下させているのは、恐らく遠くから駆けてきた事によるものだろう。

、わしにそれを申す為だけに走って来たのではあるまいな?」
「?さようにございます。嬉しくて思わず湯殿から直接政宗様の元へ参りました。」

答えた彼女は不思議そうに彼を見上げる。
ふうわり、と、政宗の鼻を掠める甘い香り。
未だ絡ませられたままの腕から、薄布の下の彼女の体温が感じられた。

「馬鹿め!女子が湯浴みを済ませてすぐに男の元へなど来るものではないわ!」
「・・・あ、・・・申し訳ございません・・・・。私・・・・・・・。」

は怒鳴る政宗に驚いた様子で咄嗟に彼から手を離し、僅か声を小さくする。
その表情は叱られた幼子の様でもあった。
彼はそんなの瞳から視線を逸らし、また口を開く。

「・・・別に腹を立てている訳ではない・・・。わしは・・・お前が無防備過ぎると言いたいだけだ。」
「・・・・無防備・・・?ですが、政宗様と私は幼少の頃よりの仲・・・、
何も警戒する事などないと心得ておりますが。」

本心からそう言っているらしい彼女は、不思議そうに政宗を見上げて答えた。
無垢。
確かにとは幼き頃より見知った仲であり、
政宗たっての願いで今まで手元に置く事も許されてきていた。
彼女は童女の頃から人懐っこく、歳の近い彼には取り分け自ら手を触れてくる事もしばしばだった。
そしてそれは今も全く変っていない。
幼き頃と同じように、彼女は何の躊躇いも見せず、政宗にその細い腕を絡ませてくるのだ。
だが、彼は成熟した女人へと変化しつつあるの身体に少なからず動揺を隠せずに居た。
昔は幾分かふくふくとしていた腕も、膨らみを持たなかった筈の胸も、貧弱とさえ思えた腰も、
全てが歳を重ねるにつれ徐々に『女』へと形を変えている。

「わしもお前ももう子供ではない、少しは行いに気を遣えと言っておるんだ。
大体その様な姿、他の者の目にでも映ったらどうする!?」

自身だけが彼女を女とみなし意識し始めている事に、政宗は苛立ちを覚えていた。
自然と声も荒げられ、無意識に彼女の華奢な肩を無造作に掴むと、グイと衣を引っ張る。

「あっ・・・。」

彼としては無意識にしろ大して力を入れたつもりはない。
だが、たったそれだけで彼女は身体の均衡を崩し、よろめいた。

「っ!」

政宗は咄嗟に片手で素早くその身を支え、己が胸へと彼女を押し付けた。
どん。
と、互いの身体に軽い衝撃が走る。

「すまん・・・。女子に手荒な真似をする等、恥ずべき行為であった。」
「いいえ、私は・・・。それに・・・政宗様の仰る事・・・間違ってはおりません・・・・。」

彼の腕の中にすっぽり身体を収められたが、微かに声を震わせて答えた。
先程よりも更に強く政宗の鼻腔をくすぐる彼女から漂う独特の芳香。
未だ水分を含んでいるの髪が、彼の肩先にその湿り気を移す。
回したままの政宗の腕に、薄布の下の曲線と体温とが生々しく伝わった。
発展途上のなだらかな膨らみの彼女の胸は、されど十分の柔らかさを持っている。

「政宗様・・・?」

思わずその腕に力をこめた彼に、が声を掛ける。

、お前は・・・わしよりも身長も力も・・・全てが・・・こんなにも違うのだ・・・。」

政宗は呟く如くそう口にし、やがてゆっくりと彼女から身体を離した。
そして彼女を見下ろし、その目を真っ直ぐと見つめる。

「わしがひと度心を決めれば、その身をこの手で奪いつくす事も出来よう。
無論、わしはその様な愚か者に成り果てるつもりなどない。
だが覚えておけ、わしにも・・・・理性が保てぬ事があるのだとな。」

言い終えた彼がそのままその場を去ろうと踵を返した、その刹那。

「お待ち下さい、政宗様・・・・・・!」

が彼の袖口を掴み、呼び止める。
それもまた、彼を呼び止める時の幼き頃からの彼女の癖だった。

「・・・私は・・・政宗様以外の殿方に・・・自ら手を触れたり、
この様な姿を晒したりするつもりはございません・・・。・・・私・・・・・・は・・・・・・・・・・・・。」
「・・・何だ?」


不機嫌さを装った声で答え、彼は同時に振り返る。


「政宗様であればこそ、私はこんな振る舞いが出来てしまうのですから。」


そう口にしたの笑顔はいつにも増して無防備で、そして美しかった。
政宗は一瞬目を見開き、やがて頬を僅かに朱に染めると、フン、と、鼻を鳴らして笑った。


「当たり前だ、馬鹿め!」


満月の光と星の煌きの見事なその深夜。
政宗とは互いの中に潜む恋心をハッキリと認識したのである。



(終わり)



後書き
この短さの中でも2度も『馬鹿め!』発言がある私の書く政宗・・・。
これでも頑張って抑えた方なんですけど・・・。
とりあえず2になって身長グングン伸びた彼を見て思いつきました。
では、ここまでのお付き合い、誠に有難うございます!失礼します。


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