「左近、兄上がお呼びだ、早々に引き上げて城に戻れ。」

花街。
とある店のとある一室。
その襖を何の躊躇いもなく開けたは、開口一番、
室の中央で数人の遊女と戯れながら酒を飲んでいた左近にそう告げた。
丁度杯を傾けかけていた左近は、顔を上げ、無遠慮に開けられた襖の方へと視線を向ける。
そして、彼がへ声を掛けるより早く、
彼の肩に寄り添うようにして座っていた遊女が口を開いた。

「まぁ、これは綺麗な顔立ちのお侍さま・・・。フフ、左近様のお友達?
どうです?貴方もご一緒に・・・・・・。」

遊女は色香漂う流し目と共に、微笑を浮かべる。
左近はククッと、喉を鳴らして笑い、襖の前に立ったままのに声を掛けた。

「だ、そうですが、どうしますか?姫。」

左近の言葉に、遊女は驚いた様に瞳を見開いた。
周囲の遊女たちも興味深げにへと視線を送っている。

「・・・・・・・・姫・・・?あ、あらわたし・・・。」
「いや、いい、慣れている。だからこそ、ここにこうして入る事を許されたのだから。
それよりも左近、さっさと立ち上がれ。」

は気を害した様子も無く、淡々と答えた後、再び左近を促した。

「はいはい、分かってますよ。
おっと、そうだ、主人には姫の性別は黙っておいてくれよ、
遊郭に遊女以外の女が入ったなんて知れたら、後々面倒だからね。」

不承不承の様で立ち上がった左近は、に返事をすると、
更に遊女達にそう付け足した。

「ええ、左近様。ふふ、ですがきっと大丈夫ですわ。
とても秀麗なお侍様に見えますもの。女人だとは気付かれないでしょう。
勿論わたし達も何も言う気はありませんけれどね。」

遊女は視線をへと向けて答えた。
彼女の外見はその衣服から一見細身の涼やかな面立ちの美少年を思わせる。
それ故貴人に仕える小姓などに見間違われたことさえあった。
左近は遊女達に礼を述べ、と共に店を出た。




「姫、幾ら何でもあんな店に足を踏み入れるってのはどうかと思いますがね。
女だと知れた時点で厄介なことになりますぜ。」

花街を後にした後、左近は軽い溜息と共にそう口を開いた。
はチラリと彼を一瞥すると、再び前を見据え、言葉を返す。

「その呼び方は止めろと言っている。
・・・大体、左近、お前があそこに居なければ、私とて遊郭などに足を運ぶこともなかった。」
「何も様自ら来て下さることも無かった筈だ、
それに、もしあの時俺がお楽しみの最中だったら姫はどうしてたんですか?」

ニヤリ。
からかいを含んだ笑みと共に左近は言った。

「・・・お楽しみ・・・とはどう言う意味だ?」

彼の言葉を即座に理解し得なかった彼女は、怪訝な表情で問う。
左近は苦笑交じりに返事をした。

「遊女とすることと言ったら一つでしょう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

その意味をやっと飲み込んだは暫し無言で何事か考えている表情を見せ、
やがて再度その口を開いた。

「その場合はまず女子を保護し、
その後すぐに慶次殿を呼び出して、お前を店から引きずってでも兄上の下へ連れて行く。」
「はっはっは!そりゃ、いいお考えですな。
確かに様の細腕じゃ、俺を引きずって行くってのはまず無理だ。
・・・それに、それを本気で実行なさろうとしてるところが、何とも姫らしい・・・ってね。」
「?お前から私に尋ねたのだろう。私はそれに答えたまでだ。」

何の他意も無く左近の問いに返事をした彼女は、彼が如何にも楽しげに笑い出すと、
怪訝そうに眉を僅かに顰めた。

「ま、姫のそれは所謂『天然』と言うものですな。
姫には殿の妹だけあって近寄り難いものがあると言う連中も居るが、
様にこんな一面あると知ってんのは極一部の人間だけでしょうねぇ。」
「・・・何の話だ?左近。」
「いえいえ、俺の独り言ですよ。さて、そろそろ急いで殿の下へ向かうとしますか。」

左近の返事に何処か納得出来ない表情を見せただったが、彼女は大人しく頷いた。
スタスタと歩を進める速さを上げた彼女の背中を見つめながら、
左近は不意に考える。
彼の主である三成の妹である彼女は、面立ちや物言い、立ち振舞い等、
やはり血が繋がっているのだと感じさせられる場面が多々あった。
それ故時折三成と会話しているのではないかと錯覚させられる事さえある。


だが、左近の三成に対する忠義と、に対する思いの質は決定的に違っていた。


―よりによって殿の妹君に惚れちまうなんてね・・・。


左近は思わず心の内でそう呟き、苦笑する。
先を歩いていたが、唐突にピタリと足を止めた。
前方には道の脇に隠す様にして馬が繋いである。

「ん?どうしました?姫。」
「馬は一頭しかない。お前が使え、左近。」
「ま、それは一向に構いませんがね、様はどうなさるんですか?」
「私は歩いて戻る。」

そう答えた彼女は再び何事もなかったかの様にスタスタと歩き始めた。

「待った!」

言葉と共に、左近はの道を塞ぐ様に進み出る。
彼女はジロリと視線を上げ、彼を見た。

「何だ?左近。早く戻らねば、兄上がお待ちかねだ。」
「幾らなんでも俺が姫の馬を借りて、姫が徒歩ってこたないでしょう。」
「私がいいと言っている。」
「俺は了承してませんぜ、様。俺が手綱を握りますから、姫は後ろに乗ってください。」
「・・・・・・・・・・・左近、お前は・・・・・・・・・、いや、いいだろう。」

反論する為に口を開いた彼女だったが、
すぐに考え直したのかそう返事をすると軽く頷いた。
左近は馬を、繋いでいる木から、彼女のすぐ側まで移動させた。
そして彼はヒラリと馬の背に乗り、に向かって手を差し伸べる。

「どうぞ、姫。」
「・・・お前はその呼び方を止めるつもりは無いようだな。」

言いながら、彼女は左近の大きな掌へと自らの手を重ねると、
慣れた様子で馬の背に乗る。
彼女がしっかりと跨ったのを確認し、彼は手綱を握って言った。


「さぁて、それじゃ、ちょっとばっかし飛ばすとしますか。
ちゃんと掴まってて下さいよ、様。」
「・・・・・・・・・・・ああ。」

彼女が返事とと共に頷くと、左近は満足そうに口元に笑みを浮かべる。
彼は馬の腹を軽く蹴り、ようやく三成の居る城を目指して駆け始めた。
左近の言葉通り、馬は走る速度を上げていく。
は彼の背に回した両腕に力を込めた。


その頬が僅か朱に染まっていた事など、当の左近が知る筈も無かった。


(終わり?)



後書き
いや、あの、本当は続きも考えてたりしてたりするんですけど、
またいつ書くかも微妙なんで、一応終わった?風な感じにしてみました。
遊郭は遊女以外女人禁制なので、有りえなさ過ぎる状況ですが、
そう言うツッコミはなしでお願いします(苦笑)
ではでは、ここまでのお付き合い、誠に有難うございました!


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